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業火紅蓮少女ブラフ/Flash Back Rock'n'Roll  作者: 枕木悠
A-SIDE 天球儀の役立たず(Flash Back Rock'n'Roll)
10/40

フラッシュ・バック・ロックンロール/九

 ユウリがマサヤのことをロックンロール・バンドの友達だって言ったことで、彼の中に確かな変化があったようだった。放課後、ユウリとマサヤとコウサクの三人でブレーメンに向かう途中、マサヤはユウリのことを「ユウリ」と自然を装って呼んだのだ。「ユウリ、今日は何を重点的に練習する?」

 このときも意表を突かれてぐらりとなったが侵攻されるばかりも癪だったので、こちらもあくまで自然を装って、口元に指を当て考える素振りを見せて「そうね、マサヤ、」と返事をした。「今日はブリッジン・フォ・ニュウがやりたいわ、鷹村君、それでいい?」

「うん、いいよ、」コウサクは可愛い顔で頷く。「國丸さんに任せるよ」

 というわけでブレーメンのスタジオで二時間くらい、三人はブリッジン・フォ・ニュウを合わせて奏で続けた。ユウリがマサヤに「莫迦野郎、下手くそ、なんでそんなイージィなところをミスるのよ」って言って「イージィって、俺にとっては超難しいんだよ、ユウリが巧すぎるんだよ、こん畜生め」ってマサヤが返すやりとりがその間に十回くらいあった。コウサクはそんな二人を見て可愛い顔で笑い続けていた。ユウリはコウサクのドラミングには全く文句がなかった。コウサクのドラミングは好きだった。パワフルだがしかしゆったりと柔らかく平然とリズムを刻んで来るのが彼のドラムの特徴で、まるでリンゴ・スターみたいな、それは才能がなければ出来ないことだとユウリは思った。

「ちょっとお腹空いたね」夜の七時になってコウサクがスティックを指で回しながらそう言ったのでユウリたちは練習を中断した。

「山吹にメールして何か買ってこさせてよ」ユウリもお腹が空いていた。コナツのお気に入りチョコレート・クッキィが食べたい気分だった。

 コウサクは自分のスマートフォンの画面を確認して言う。「あ、今日、先生、来れないって」

「なんで?」

「仕事が終わらないって、忙しいみたい」

「じゃあ、マサヤ、」ユウリは財布から一万円札を取り出してマサヤに渡した。「コンビニ行って何か買ってきて、あ、チョコレート・クッキィは忘れないでよ、百円のやつ」

「ああ、あれな」マサヤは頷き嬉しそうにユウリのパシリを承諾した。

「あ、それなら僕も行くよ」コウサクは立ち上がって言う。

「いいよ、俺一人で行ってくるから、鷹村は何か欲しいものある?」

「それじゃ、ポテトチップス」

「あいよ」マサヤは意気揚々という感じでスタジオを勢いよく出て行った。先天的に彼はそういうタイプなのかもしれない。誰かに依存して、誰かの手足のように動いて、それを栄養にして生きるタイプなんだ。

「いいの、國丸さん?」扉がパタンと締まってからコウサクが視線をこちらに向けて言う。

「いいのって何が?」

「おごってもらっちゃって」

「いいのよ、私ってお金を自由に使える身分なの」

「そうなの? 凄いね、お金持ちなんだ」

「まあ、そうかもね、少なくともお金に関しては不自由なことってないから」ユウリは笑って言って誤魔化した。二年前の夏に両親が離婚して一人暮らしをしていて父親のいくつもある銀行口座のうち一つはユウリのためのものでその口座には常に一千万円以上の額が入っているなんてことは、もちろんまだコウサクには話していない色んな意味で莫迦みたいな話である。

「へぇ、いいなぁ、」コウサクはたいしてうらやましくもなさそうにそう息を吐いてから、ドラムの向こうからチューニングを合わせているユウリのことを真っ直ぐに見ながら口を開いた。「國丸さんって、やっぱり可愛いよね」

「急に何?」あまりにも急にそんなことを言われてユウリは吹き出してしまった。

「あ、ごめん、」コウサクは両手を前で揺らして可愛く笑う。「思ったことが勝手に言葉になって飛び出ちゃったみたい、ごめん、急に、変なこと言って」

「別に変なことじゃないと思うけど、私が可愛いのって真実だし」

「そうそう、真実真実」

「もしかして莫迦にしてる?」

「してないよ、むしろ敬愛するっていうか」

「敬愛?」

「あ、違うよ、勘違いしないでね、その、告白とかじゃ全然なくってね、僕が國丸さんと付き合いたいとか、そういうんじゃなくってね、本当に凄く可愛いなって思ったから、ほら、女の子同士ってよく、可愛いって言い合ってるよね、あんな感じで言ったんだ、ごめん、急に、でも國丸さんが本当に可愛いって思ったから」

「……あ、ありがとう、」ユウリの頬がピンク色になったのは可愛い男の子に可愛いと言われて照れくさかったんだ。そしてなんだか嬉しくってそのお礼というか、そういう気持ちを込めて言ったんだ。「鷹村君だって、可愛いじゃない」

「え、本当?」コウサクは前のめりになってスタジオに高い声を響かせた。

「うん」

「本当にそう思う?」

「本当にそう思うよ」

「うわぁ、どうしよぉ、國丸さんに可愛いって言われちゃったよぉ」

「驚いてないでしょ?」ユウリはコウサクの反応が楽しくって笑う。「自分でも分かってたでしょ? 自分のこと可愛い男の子だって知ってたでしょ?」

「意地悪なことを聞くんだね」コウサクは苦笑していた。それだって可愛く見える。

「意地悪?」ユウリは首をわざとらしく傾ける。「疑問が勝手に口から飛び出したのよ」

「思ってたよ」コウサクはバスペダルに視線を落として答える。

「ほら、やっぱり」

「でも自信はなかった」ドッドッと二回、彼はバスペダルを踏んだ。

「自信?」

「確証って言う方があってるかな、自分だけがそう思っているんじゃないかってずっと思ってたんだ、まさか誰かに聞けないでしょ? 自分のこと可愛いかって、僕は男だから聞けることじゃない」

「そうね、それに関してハードルみたいに高くて飛び越えなくちゃいけないものは、女の子よりも驚異かも」

「だから國丸さんに言われて、その、ハッキリ、分かることが出来た」

「自分が可愛い男の子だって?」

「うん、」コウサクは嬉しそうに笑う。「國丸さんが言うことは信じれる」

「嬉しそうね」

「嬉しそうに見える?」

「とっても」

「あははっ、」コウサクは高い声で笑う。「でも、変だよね、」コウサクは額を押さえた。「こんな風に嬉しいなんて」

「何が?」

「自分のことが可愛いって分かって喜んでいる男なんて普通に考えたら変だよ、おかしいよ、気持ち悪いでしょ?」

「そして狂ってる?」

「そこまでは言わないけど、狂ってはいないけど、変でしょ、普通じゃないでしょ?」

「普通じゃないとは思うけど、私は変だなんて思わないわよ、気持ち悪いとも思わない」

「ありがとう、そう言ってくれて」

「聞いていい?」ユウリは白いテレキャスタをスタンドに置いた。

「何を?」

「鷹村君は山吹のことが好き?」

「もう聞いてるじゃないか」

「答えたくなかったら答えなくていいよ」

「好きだよ、」コウサクは一切の躊躇いなく歯切れよく言った。「僕は男の人が好きな、いわゆるそっちの人で、山吹先生のことが好きなんだ」

「やっぱり」ユウリはコウサクは強い人だと思った。こんなにハッキリとカミングアウトすることが出来るんだからって。

「それから内藤君のことも好きだよ」コウサクは両手で自分の頬を包んだ。それは女の子がするみたいにチャーミングだった。

「ああ、やっぱり、」ユウリはなんとなく、そのことについても気付いていた。「そうだったんだ」

 コウサクは無言で頷き続ける。「だからちょっと僕、國丸さんに嫉妬してるんだ」

「嫉妬?」

「國丸さんの方がきっと、僕より内藤君との心の距離が近いから」

「そんな全然っ、」ユウリは両手を広げてオーバに首を横に振った。「近くないよ、それに嫉妬される意味が分からない、だって私、マサヤに全然、そんな気持ち、これっぽっちもないんだから、だって私は、」

 レズビアンだから。

 ユウリはそこで一瞬躊躇った。

 知られちゃいけない。

 知られたくない。

 レズビアンだってこと。

 恐怖が視界を横切った。

「レズビアンだから?」コウサクは可愛い顔をして言った。「僕がホモなように、國丸さんもレズビアンだから、嫉妬したってしょうがない?」

「……ど、どうして分かったの?」ユウリの声は震えていた。抉られたってもんじゃない。五十口径の機関銃にぶち抜かれた、という気分だった。震える肩を抱いてユウリはコウサクから姿勢を逸らした。「私がそうだって」

「見てれば分かったよ、僕だってホモだし、多分、そうじゃないかって思った、最初は、噂を聞いて」

「噂?」

「誰かが國丸さんの机に落書きした事件があったでしょ?」

「ええ、あったわね、」ユウリは虚勢を張る。「よく覚えてないけどね、そんなこと」

「それから國丸さんは本当にそうなんじゃないかっていう噂になった」

「まあ、そういう噂になるのは当然よね、そういう性質の事件、いいえ、悪戯だったもの」

「それから僕は、國丸さんのことが気になってたんだ、もしそうだったら、仲良くなれればいいなって、僕の気持ちを分かってくれる人と友達になりたいって」

「鷹村君の心なんて私には分からないよ」ユウリは自分の髪を人差し指を巻き付けながら言う。

「そうかもしれないけど、でも、仲良くなりたいって思ってた、実は内藤君に國丸さんを誘おうって提案したのは僕なんだ」

「へぇ、そうなんだ、ふうん、へぇ」ユウリは平然を装いながら、自分の綺麗な髪を人差し指に巻き付け続けていた。「……そう言えば、私と鷹村君って、ロックンロール・バンドの友達?」

「そうだね、ロックンロール・バンドの友達だよ、」コウサクはカラーボールが弾んだみたいな声で言う。「友達だし、それから」

「それから?」

「同志かな」コウサクは少し考えてそう言った。

「同志?」

「うん、同志だよ」

「同志って、あははっ、」ユウリは手を叩いて声を上げて笑った。「何かと戦ってるんじゃないんだから」

「何かと戦ってるんじゃないの?」

「え?」

「國丸さんだって何かと戦ってる人でしょ?」コウサクは壁面を覆う鏡に映る自分の姿をストレートに見つめていた。「僕は戦ってるよ、戦わなくちゃ僕は、きっと生きていられないから」

 コウサクのその強い眼差しにユウリの心はまたしても抉られた。

 ユウリは彼を同志だと思う。

 業火紅蓮少女を彼の瞳の中に見てしまったんだ。


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