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プロローグ

 最近お気に入りのチョコレート・クッキィを奥歯で噛み砕きながら私は今日も自然勝手に思い出すのは、小さな和室の中の幼い私と幼い彼女と小さな天球儀のことだった。

 私はチョコレート・クッキィを食べていて、彼女は私との間に置かれた天球儀を回転させてそれに描かれてる星座を夢中で眺めて星と星の間の線を指でなぞっていた。彼女の将来の夢はコロコロと変わったが、その時の彼女の夢は天文学者になることだった。天球儀に描かれた蛇や双子や琴の星座を見つめる彼女の眼差しは素敵だった。

「この星とこの星とこの星の配列が凄く綺麗だって思わない?」

 同世代の女の子の中でも特に大人びた物言いをする彼女は天球儀に指をはわせながらそんなことを言って、ただチョコレート・クッキィだけを食べている幼い私のことを困らせた。星の配列の綺麗さなんて幼い私には分からなかった。もちろん、今だって分からない。しかし私はそんな彼女のミステリアスな部分が好きだったし、理解不能意味不明なことを言って私のことを困らせようとする彼女の存在は私を愉快にさせた。普通の女の子が見つめているものとは違う場所をいつだって彼女の目は見つめている。そんな特別な女の子と友達でいられて私は幸せだった。彼女の言う、特別なことの意味のほとんどは分からなかったけれど一緒に同じ部屋にいられるだけで楽しかったんだ。他の女の子たちは訳の分からないことばかり言って困らせるからって彼女のことをいじめたり仲間外れにしたけれど、私はそれは間違っていることだと思っていた。

 どうして皆は彼女のかけがえのなさが分からないのだろう?

 チョコレート・クッキィを食べながら幼い私はそんなことを考えていた。星たちの配列の美しさについて私は全く分からなかったけれど、天球儀に向かってストレートに視線を注ぐ彼女の横顔は素敵だってことは分かる。

「うん、分かるよ、」私は笑顔で嘘を付き首を大きく縦に振って頷いた。「綺麗な星の配列だよね」

「あ、やっぱり、そう思う?」彼女は理解者がいる喜びを素直に表情に出した。幼い彼女は理解者が少ない世界に苦しんでいた。彼女の思考、センス、その細かなところまでは誰にも理解されなかったんだけれど、彼女は誰よりも理解されたがっていたと思う。「コナツなら分かってくれると思ってた」

「当たり前でしょ、」と私は胸に手をやり言う。「私はユウリの友達だもん、分からないことなんてないよ」

 そして私たちは互いの小指を絡め指切りをして生涯の友情を誓い合う。「指切ったぁ」

 その思い出は私にとって大切な出来事だった。私は特別な女の子との、特別な友情を永遠に手に入れることが出来て凄く嬉しかったのだ。

 しかし時折。

 最近ではほとんど毎日。

 私はそれが本当の出来事だったか、と不安になる。その思い出、その小さな部屋にいる私と彼女と天球儀は淡い色に包まれていて同時期の私の記憶、例えば鉄棒から落下して頭を打ったときとか、飼育小屋の扉を開けたままにしていたらウサギが逃げてしまったときとか、彼女が私のことをいじめていた男の子の顔を殴ったときとかに比べると曖昧で朧なのだ。記憶の証明は果たして、どのようにしたら可能だろうか。

 彼女に聞けばいいのだけれど、彼女が首を横に振ってもしそれが私が勝手に創り上げたイメージだと分かったら、そしてそれ以前に彼女が思い出を忘れてしまっているのだとしたら私はちょっと、……いいえ、かなり気が狂ってしまうんじゃないかっていう不安があるんだ。

 それって要するに。

 私はあの思い出に憑りつかれていて、あの小さな部屋に戻りたいって思ってるってこと。

 それってつまり。

 私と彼女の人間関係の今を私が許していないってことなんだと思う。

 思う、というか、そうなのだ。

 私は今の彼女を許していないのだ。

 あのときに誓ったはずの永遠の友情。

 それが揺らいだのは夏休みの始まり。

 幸せだったあのときの二人の友情を汚すような傍若無人とも言える彼女の夏の侵攻に私は混乱せずにはいられなかった。

 混乱は夏が終わり秋となり冬を迎えようとしても続いていて消えない。

 消えないどころかさらに膨らんでどうしようもなくって太陽のフレアみたいに恒常的に小さな爆発を繰り返している感じ。いつか私という太陽が全部吹き飛んでしまうのではないかっていう予感もある。そのとき、私はどうなってしまうのか、まるで予測が立たない。

 とにかく、混乱しているんだわ。

「レズビアンってなんなのよっ!」

 私はチョコレート・クッキィの空箱を部屋の壁に向かって叩きつけて、ベッドに仰向けになってうなだれる。「……レズビアンってなんなのよ」

 どうしたらいいか本当に分からなくて両手で顔を覆う。

 私と彼女の人間関係。

 フラッシュ・バックする思い出は私の心を騒がせる。

 あの頃のあなたのままじゃいられなかったの?

 あなたは私のことを好きだと言う。

 私もあなたのことが好きだ。あなたの顔も、声も、髪の毛も好きだ。あなたの何もかもを私は好きよ。

 でもね。

 私の好きとあなたの好きは違う。

 違うのよ!

 夢が天文学者だった頃のあなたに戻って欲しい。

 天体史なんてあなたには似合わない。

 あなたは天文学者になるべきだ。

 フラッシュ・バックする思い出は私の心を騒がせる。

 ヒステリックに叫びたくなるんだよ。

 青春に足掻いてもがいて苦しみながら染めるよ。

 業火紅蓮少女ブラフ。


I'm a Bluff Girl.

ブラフガールシリーズ第三弾『業火紅蓮少女ブラフ/フラッシュ・バック・ロックンロール』


※こちらは『業火紅蓮少女ブラフ/ブリッジン・フォ・ニュウ』、『業火紅蓮少女ブラフ/ハイブリッド・ブラン・ブルー』の続編となります。未読の方は先にそちらをお読みくだされば幸いでございます。

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