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不意に、辺りが一段と暗くなっている事に気付く。
「…よ…る?」
眠っていたのかすら記憶が曖昧で、妙に疲れていた。
再びコツコツと足音が聞こえてくる。ハルは、今度はそのまま起きていようと思った。
キイッ…、と扉が開かれる。
「…っ!」
入ってきた何者かが息を呑み、こちら側に駆けてきた。…と言っても数歩だが、さすがにこの暗さの中では、手の届きそうなその距離でも良く姿が見えない。
「…だ…れ?」
掠れた声で問い掛けた。
だが、その人物は何も答えない。聞こえなかったのか?
「…こ、こ…どこ?」
「…俺の、家。」
再度問うと、漸く言葉が帰ってきた。
低い声だが、聞いていて心地好い。男だという事も分かった。
「…お、れ…。」
「喋らないで。喉…、傷付く。」
口を開く度、ヒューヒューと音が漏れる事を気遣われる。
「とりあえず、水。」
首の後ろに手を差し入れられ、用意してあったコップの蓋を外して口元に寄せられた。
僅かに警戒したものの、喉が痛い程に渇いているのは事実。仮に何か入っていたとしても、今更である。どのみち動けないのだ。
俺は探るように男へ向けていた視線を外し、唇を薄く開いてコップの中身を喉に流し入れた。
無味無臭…水、のようだ。
「そんなに警戒しないで。ここ、魔結晶があるから。魔法は使えないらしいけど、傷の回復には良いって。」
ハルの警戒を察し、男が聞き伝のような言葉を紡ぐ。
他に誰かいるのか、と視線を巡らすハル。
「ここには、誰もいない。」
フッと小さく息を溢し、静かにベッドに頭を戻された。
笑われた…のかもしれない。
「傷のせいで熱が酷くて、たぶん喉が掠れているのも、そのせいだって。三日、ずっと寝てた。」
男の言葉に、ハルは僅かに目を見開いた。
「俺…、ダン。また後で来る。」
ハルの戸惑いには触れず、男は少しだけ言い淀んで名を告げる。
そしてこちらの反応を伺う事なく、踵を返して部屋を出ていった。
ダン?…まさかな、とハルは自分の考えを即座に否定する。同じ名を持つ者など、それこそ星の数程いるに違いなかった。
思わず溜め息が出る。黒豹のダンを追い掛けて、まさかの失態。何かに激突した事を思い出し、先程の男の言葉と符合した。
つまりは、あの男が助けてくれたのだろう。
と、ここまで思い至って、漸く魔結晶という男の言っていた単語が気になった。
魔力が使えない理由だと言っていたが、それの正体は分からない。
ハル自身、初めて聞いた単語だった。




