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「…おかしい。何故、一定距離を崩せないんだ?」
不意に気付く。
ハルは、この地下水路に入る前から捜索魔法を掛けていた。それによって出会ったのがエディーなのだが、その頃から感知されていた魔物の気配に辿り着けない。
相手が故意にこちらとの距離を保っているのか、もしくは…。
「ぐはっ!」
思考が逸れたその時、ハルは脇腹に強い衝撃を受けた。
勢い良く水路の壁に叩き付けられる。
「お兄ちゃんっ!?」
エディーの叫び声が聞こえたが、壁に弾かれて通路用の砂利の中に埋もれたハルは、一瞬自分の状況が分からなかった。
「…っ!?」
腕を伸ばして何とか起き上がったハルだが、強化魔法で保護されている筈の肉体の割に、受けたダメージは小さくない。
その場に吐血し、現状の異常さにハル自身が目を剥いた。
これ程の攻撃を受けたのは久し振りである。
「っ痛…、何、してくれ、んだよ。」
軽く脳が揺れる感覚があるものの、ハルは眉根を寄せながらエディーの方へ視線を向けた。
実際にはエディーの後ろ、なのだが。そこには緑のローブを身に纏った一人の女性が立っている。
「お兄ちゃんっ!」
青ざめた顔で、その場から動けない様子のエディー。
良く見ると、彼の首から下に掛けてを、幾つもの長い棒状の物が覆っていた。どうやらそれは、一見女性のように見えるラングスイルの爪のようである。
「人質取るなんて、魔物の癖にムカつく事してくれるじゃん。覚悟は出来てんだろうな?」
口では強く言うものの、ハルは自身のダメージを打ち消せれていなかった。
ラングスイルを睨みながら、体力回復薬Mをアイテムボックスから出して自身に掛ける。このアイテムは液体なのだが、濡れる事はなく即座に身体に吸収されるのだ。
飲めばこれで体力が中程度回復する。だが体表面から吸収の場合は効果が薄く、アイテム最低の効果。しかし戦闘中はゆっくり飲める場合が少なく、やむを得なかった。
「お兄…ちゃんっ。」
魔物に出会って背後を取られてしまった為、先程までの勇気はエディーから消えている。
長い爪に捕らわれ、身動きが出来ないようだ。
「ラングスイル…、だけじゃなかったんだ。」
ハルは前方のエディーとラングスイルに視線を向けたまま、自分が攻撃を受けた方向へ意識を向ける。
迷路のように枝分かれした水路の脇道が右側にあり、そこに立ち塞がる大きな影がもう一つあったのだ。




