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「…火炎弾。」
複数の火の玉が飛び、爆炎がエンプーサの姿を覆う。
「もう終わり?………おぉ~、やっと出たね。」
がっかりした口調から一転、楽しそうに口笛を吹くハルである。
爆炎が風で吹き飛ばされた後、そこに現れたのは無数のクレーターと一体の大きな魔物だった。
グレーの体表は硬質な光を放ち、背中に広げられた4枚羽とその手には巨大な鎌。雌蟷螂と呼ばれる事もあるだけに、本性は巨大な蟷螂の形と似通っている。違うのは頭部に人の髪と思える毛がある事だ。
「その姿を何で変える必要があるのかな。…ってか、人間の形を真似る事自体、ヘドが出る。魔物なんてのは醜くて本能に忠実で、破壊する事だけ考えてれば良いんだよ。…風刃。」
ハルの放った風の刃が、エンプーサごと大地を切断した。
グルギャアアア!
片側の外羽と脚を落とされ、エンプーサはバタバタと暴れながらハルに体当たりをしてくる。
「…風翼。そんな攻撃、俺に当たる訳ないじゃん。…火炎弾。」
軽々と宙に舞い上がって避けたハルは、再び複数の火の玉をエンプーサ目掛けて飛ばした。
しかも、その放出量は先程の三倍はある。魔力を込めただけの威力を出せる術が魔法だ。
爆炎が去った後、そこに残ったのは消し炭となったエンプーサの形をしたものである。
「魔物なんて、この世からいなくなれば良いんだ。」
呟いたハルの瞳は、黒真珠のように濡れ輝いていた。
「…解体。」
ハルはエンプーサに歩み寄ると、討伐した魔物を素材に分離する為の魔法を唱える。
一瞬緑色の光を放ち、エンプーサだったものが幾つかの品物を残して消えた。
黒い羽皮、鋭い鉤爪、青銅の塊。他に幾つか、灰色の刺が今回の獲得素材である。
「青銅の塊と鉤爪は使えそうだな。他は売っても良いけど…、この刺は何だろう?とりあえず、後で調べるか。」
素材を一つ一つ手にとって確認しつつ、ハンター専用のアイテムボックスに収納していくハルだ。
このアイテムボックスは見た目はただの腰袋だが、中に空間魔法が掛けられている。よって何でも収納可能で、所有者の意識する物を自由に取り出す事が出来る。
しかも登録された者しか中身を取り出せないので、盗難の心配もないのだ。
「さてと…。面倒だけど、一応片付いたって言ってから帰るか。実際にこんなところに宿泊する気はないしな。…風翼。」
僅かに面倒そうに呟き、ハルは再び風魔法で宙へ舞い上がる。
依頼人への最終報告もハンターの仕事の一つなので、それを省いては終わりにはならないのだった。