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「失礼いたしましたっ。まさか相手が貴方様とは、つゆ知らず…。わ、我々は住民の通報で参った次第ですので、お手を煩わせたのでしたら平にご容赦をっ。」
ガバッと地にひれ伏し、許しを請う自警団の二人。
「ん~…。俺の事、そんなに怖い?」
突然大の大人二人から頭を下げられ、ハルは微妙な表情を浮かべる。
既に丁寧語で話す気も失せていた。
「い、いいえっ。滅相もございませんっ。」
「お名前はだけは、かねがね伺っておりましたっ。」
答えになっていない返答の二人だが、怖がられているのは確かのようだ。
だが、実際にハルが彼等に接触したのは今回が初めてである。噂の力は凄まじいとしか言いようがない。
「ねぇ。黒の魔術師ってさ、どんな噂になってるの?」
地に平伏す彼等に、ハルはしゃがみ込むようにして顔を覗き込んだ。
「ぶ、武器を使わず…、魔法のみで魔物討伐をなさるとか。」
「通った後には血の海が続くとか?」
「…っ!」
自警団の男の言葉に続けるように噂を口にすると、もう一方の男が息を呑む。
その態度から、肯定と受けた方が良いようだ。
「そ。…でもまぁ、一つ言っておくよ。俺は人を殺った事は一度もないから。」
ハッキリとハルは告げる。
実は噂では、黒の魔術師は人の生き血を啜るとか、夜な夜な怪しい術で人体解剖を行っているとか、様々な臆測から尾ひれがついて語られていた。
「人を見た目で蔑んだり、恐怖したり。大変だねぇ、本当。…俺が魔法主体のハンターであるだけ事は事実だけど、ハンターである限りは人を守る側だから。それだけは覚えておいてよ。」
呆れたような溜め息をつき、それでもハルは己の言い分を告げる。
「はっ、承知いたしましたっ。」
「我々としましても、黒の魔術師様には末永くハンターであって頂きたいと存じますっ。」
自警団の二人は、更に頭を地につけんばかりに小さくなった。
それを見たハルは心の中で盛大に溜め息をつき、それでも気を取り直して情報を得ようと問い掛ける。
「あのさ。話は変わるけど、長いローブを着た女の人を見なかった?もしくは、隠れる事の出来る場所ってないかな。使われていない建物とか、昔の施設とか。」
ハルの中では、既に確信となっていた。
今回の子供誘拐犯は魔物である。だが、潜伏場所が分からないのだ。
事件が始まってからの月日を考えると、既にこの町に巣くっている筈である。人々が夜間以外は平和に過ごしているという奇妙さが、ハルは不思議で堪らなかった。




