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一先ず、ここは貴族の屋敷である。
つまりはこの場所で戦闘を行うと、後々(のちのち)ハルにも…延いてはハンターギルドにも支障が出る事は深く考えなくとも分かった。
現在地は屋敷の二階ではあるが、この程度の高さはハルにとって何の障害でもない。
「もうここに来なくて良いからさ。外に行かない?」
僅かに戸惑うエンプーサに、ハルは歩み寄った別の窓から外を指し示す。
エンプーサにとっては、相手がただの人間だろうがハンターだろうが関係がない。ただ己の欲を満たせれば良い。
にっこりと微笑んで見せると、エンプーサはハルに興味を持ったようだ。指し示す先へ意識を向けている。
「んじゃ、着いてきてね?…風翼。」
ハルはそれだけ告げると、自身の身体に風の魔力を纏って宙に舞い上がる。
そのままフワリと窓の外へ飛び出ると、スーッと水平移動を開始した。チラリと振り向くと、エンプーサは何も言わずハルの後を着いてきている。
(うん、着いてきてるね)
自分を見ている事に気付いたらしきエンプーサに、ハルはにっこりと笑みを向けた。
(この辺りだったら大丈夫かな?)
ハルは周囲を確認し、マンスフィールド邸が片手に乗る程度に見える草原へ降り立つ。
未だマンスフィールド伯爵の領地内ではあるが、距離的に戦闘被害は最少で済みそうだ。
「さてと。何から始めようかな?」
目の前に降りてくるエンプーサを眺めつつ、ハルは腕組みをして考える。
その間にエンプーサは自身の形態を変化させた。恐らくハルの好みに合うようにだろう。先程の熟女ではなく、儚げな少女の姿をとる。
「ふぅん?勝手に変身するんだ。そうやって好みを探る訳ね。まぁ、俺の場合は異性に飢えてないから。魔物だって分かっていてヤりたいとは思わないな。」
ハルは微笑みを浮かべたまま、エンプーサに完全な拒絶をする。
「俺はハンターなんだ。ここには狩りに来たんだから、そんな飾り付けはどうでも良い訳。…火炎球。」
笑顔は変わらず、その手に魔法の火の玉を作った。
そして人の頭程の大きさのそれを、未だ少女の姿をとっているエンプーサに投げ付ける。
グギャアアア!
咄嗟に避けたのだが足元に当たり、エンプーサは叫びながら背中の蝙蝠の翼を広げて飛び上がった。
「ほら、早く本気出さないと。次は本当に当てるよ?…火炎球。」
ハルが次の火炎球を用意する。
グルルルルル!
「中途半端な人間の形をとらないでくれるかな。」
笑みを浮かべているものの、ハルのその声には刺があった。
ハルは魔物が憎かったし、忌むべき存在だと思っている。
そして鼻の頭にシワを寄せて唸りながら牙を剥き出しにするエンプーサは、既に綺麗に作られた顔を完全に崩していた。