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「ここだ…。」
ハルを自身の寝室まで案内してきた筈なのに、戸惑いがありありと見えるウィリアム。
それでももう、ハルに退却という言葉はない。
「ありがとうございます。本日は申し訳ございませんが、別の場所でお休みくださいませ。」
恭しく頭を下げるハルだ。
暗に手出し口出し無用との意思表示である。同行しないのならば、ここから先はハルだけの道となるからだ。
「…分かった。………本日中には…いや、何でもない。報告は明日頼む。」
了承の意を表しながらもなかなか立ち去らず、漸く何かを言いかけてそれでも口ごもり、結局そのまま引いたウィリアムだ。
ハルはその背を見送り、闇の中に消えたのを確認してからやっと扉に向き直る。密かに溜め息をつき、そして案内された部屋の扉を開けた。
貴族の、しかも当主の寝室だけあって作りは豪華である。だが灯りのない部屋の中は薄暗く、妙な湿り気を感じさせた。
「結構居座ってるね。」
ハルは周囲に警戒を怠る事なく、ゆっくりとベッドに近付いていく。
まだエンプーサは来ていないが、魔物の気配が濃厚に残っていた。これだけ侵されながらも、未だ自己を保っていられたウィリアムに、ほんの少しだけ感心を覚える。
夢魔に見せられるのは悪夢であり、魔物が飽きるまで血や精気を奪われ続けるのだ。勿論、飽きられたらそこで喰われるか殺されるだけだが。
「当主の肖像画を見る限りでは、だいぶダイエット出来たみたいだけどね。しかも肖像画って9割美化されてるから、元々を想像するともっとか。まぁ、今のあれなら嫁の来手もありそう。エンプーサ様々って…?」
クスクスと一人で想像に笑っていたハルだが、不意に感じた気配に意識を戻す。
開け放たれた窓枠に突如として現れた魔物。
「どうやらご登場だね。うん、これの何処が引かれるんだか。」
ハルはそれを視認し、やはり納得がいかずに首を竦めた。
顔と胸は人のそれだが、他は明らかに異物感満載である。勿論これは登場時にターゲットとした人間の好みに応じて変化する為、魔物本来の姿は余程見せないのだ。
そしてハルが思考している間に、エンプーサは完全な人形の形態をとる。恐らくそれが、ウィリアムの好みの女性像なのだろう。
そして、当たり前ながら一糸纏わぬ姿である。だがそれにもハルは全く心動かされる事はなかった。
「悪いけど君、お役ごめんだから。」
笑顔を浮かべながらも、ハルの討伐が開始された。
罵詈雑言に弱いとは言え、ハルは元から追い払う為にここに来た訳ではない。二度と現れないよう、完全に討伐する事が最終的に求められているのだった。