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「…手、繋ぎましょうか?」
暫く考えた末、ハルが出した提案である。
「冗談じゃないっ!」
差し出した手を、見えずとも振り回したジミーの手で払われてしまった。
「か、壁を伝っていくから…っ。」
少しだけ罪悪感の乗った声を返してくるジミー。
叩いてしまった事に、であろうか。
「それじゃあ、遅いです。行きますよ。この先ですから。」
「っ?!」
壁に伸ばした左手を、奪うようにして掴んだハルだ。
驚きに息を呑んだジミーをよそに、ハルは気配を感じた方向へ足早に進んでいく。
「ちょ…っ。」
見えない中を強い力で引かれながら歩くので、ジミーにとっては恐怖以外の何物でもない。
必死に転ばないように足を出すので精一杯だった。ただでさえ20センチ程の身長差があるので、コンパスの差は歴然である。
それでも何とか転ばないで進めているのは、ハルが真横ではなく、斜め上方向に手を引いているからなのだが。勿論そんな事に気がつける余裕は、今のジミーにはなかった。
「っ!」
急に立ち止まったハルの背に鼻をぶつける。
苦悶していたジミーの耳に、再びハルの囁きが届く。
「着きました。見え…ませんよね。女王が幼体に餌を与えているんですけど。」
ハルの声は低く、僅かに怒りが含まれていた。
だがその様子すら、ジミーの視界にはただの闇にしか移らない。
「悪いけど…。」
思わず謝罪しそうになって、ジミーは焦って口を閉ざした。
「他に兵隊員はいないようです。明かりをつけます。一度目を閉じてくださいね。…照明。」
ハルはジミーにそう告げ、ひと呼吸置いてから光魔法を放つ。
閉じた目蓋を通して光を感じ、ジミーはゆっくりとその灰色の瞳を開いた。
「っ?!」
一番始めに視界に入ったのは、一体の大きなインセクトレイド。そしてバラバラになった肉片と噎せ返るような血の臭いに、ジミーは喉元に迫り上がってきた酸味で顔を歪める。
視界が閉ざされている時には、嗅覚すら全く役に立っていなかったのだ。
「ひ…と?」
「そのようですね。どうやら商団ではなく、単独で森を訪れる人を狙っていたようです。」
茫然自失のジミーが呟いた言葉に、ハルは淡々と感情の乗っていない声で答える。
短くはない付き合いの中、ジミーはこの状態のハルが非常に怒っている事だけは分かった。
ハルが大きく歩を進める。
「…風刃。」
前置きもなく突然魔法を放ち、インセクトレイドの幼体を天井からぶら下げていたユリカゴの糸を切った。




