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「それは…。」
怒りが収まった訳ではないが、伯爵の地位はウィリアムにとってなくてはならないもののようである。
「どちらを選ぶかは、貴方の自由です。」
再び笑顔を見せるハル。
ここで女…現時点では魔物だが、そちら側を選択するのであればそこで依頼は終了だ。
「ウィリアム…。」
ダフニーがすがるような視線を向ける。
母親としては、魔物だろうが市井の女だろうが同じなのだろう。彼女にとっては、マンスフィールド伯爵家を存続させる事が大切なのだ。
「…分かったよ…。もうどうでも良い。僕の気持ちではなく、この家を潰さない事が大切なんだろう?…そうさ…、初めから僕は道具だったんだ。僕はこの家を生かす為の道具。」
諦めたような、開き直ったようなウィリアム。
でも、それは間違いではない。誰しも何かの為に生まれ、生かされる。逆に言えば、価値のない人間はその時点で要らない。誰かに必要とされているから、そこに存在出来るのだ。
「分かりました。では、魔物は俺が狩ります。宜しいですね?」
最終確認のように、ゆっくりとウィリアムに問い掛けるハル。そしてまるで操られたかのように、ゆっくりとウィリアムが縱に首を振る。
許可は得た。これで漸くエンプーサを討伐出来る。
「お願いします、ハンターさん。」
ダフニーが深く頭を下げた。
本来ならば俺みたいな年少者に、しかも貴族でもないハンターごときに下げる頭なんてない。でも今は、それすらも超越した感謝があるのだろう。
たかだか魔物一匹だが、ハンターではない人々にとっては猛獣にも等しい相手なのだ。まぁそうでなければ、誰も高額な費用を支払ってまでハンターに依頼などしないだろうが。
「では、早速今夜狩ります。…あ、見ます?」
立ち上がる途中で腰を浮かせた体勢のまま、ハルはウィリアムとダフニーへ視線を向ける。
ハンターの仕事を信用するしない関係なく、同行したがる依頼人は後をたたない。
それは興味本意だったり、間接的に恨みを晴らしたかったり理由は様々だ。こちら側としては、邪魔以外の何物でもないが。
「…いや、遠慮しておくよ。」
僅かな逡巡を見せたウィリアムだが、ぎこちなくではあるものの首を横に振る。
完全な決別だ。これは良い傾向でもある。
「分かりました。では、寝室に案内して頂いて宜しいですか?」
「…そう…だったな…。あぁ、こっちだ。」
完全に立ち上がったハルは、持参した唯一の手荷物袋を持ち上げてからウィリアムに問い掛けた。
引くに引けない状況を逐一作り上げる事で、僅かな逃げも許されない事実を知らしめる。
ウィリアムは迷いを見せながらも、少しずつハルの敷くレールを走らされていくのだった。