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「だが、ソーントン男爵家のご令嬢方はどうなる。」
ジャスティンの心配は、やはり平民ではないのだ。
分かってはいるものの、溜め息をつきそうになるハル。
「人間の女性を雄が慰みものにする事は聞いた事がありますが、今回は産卵準備と仮定すれば新女王の餌かと思われます。若い年頃の人間の女性が、孵化した次期女王候補幼体の唯一の餌ですからね。」
淡々と答えるハルだが、貴族であろうとそうでなかろうと、人が魔物に喰われる等は許せる事ではない。
「次期女王候補幼体の餌…。」
「俺も知識の上でしか知りませんが、鮮度が大切なのだとか。…だからまだ生きていると思われます。」
全く無事な姿とは言い難いが、そこはあえて伏せておくハルだった。
「捜索魔法は使わないのか。それとも、もう使っているのか。」
不意に気になっていたのか、ジャスティンから問い掛けてくる。
「まだです。これだけ道が真っ直ぐですからね。迷いようもないですよ。」
軽く後ろを振り返って笑顔を見せるハルだが、実際には得意でもない光の魔法と負担の大きい捜索魔法は同時に扱いたくはなかった。
「それもそうか。」
だがそんなハルの内心を知らず、妙に納得した様子のジャスティンである。
ちなみに彼は光魔法も捜索魔法も使えない為、ハルの言葉の真意には気付けないのだ。
「あ…、何か聞こえますね。」
進む足を止め、ハルは前方に耳を澄ます。
通常の聴力で聞こえる物音だった。
この巣穴に入って、漸く何かとの遭遇である。
「人…か?」
ジャスティンが怪訝な顔をしてみせた。
ここはインセクトレイドの巣穴の中腹部。人がいるとすれば、連れ去られた者達である。
「行ってみましょう。」
言葉と同時にハルが先へ進んでいった。ジャスティンもすぐに後をついてくる。
二人が角を曲がると、すぐ先から灯りが漏れ出ている部分があった。だが壁の割れた隙間から光と音が漏れ出てきただけのようで、とても入口とは呼べない代物。
「壊して良いですか?」
さすがに壁を破壊すれば、中からインセクトレイドが出てくる可能性は高くなる。
「やれ、魔術師。」
ジャスティンは何故問うのだとばかりに、嫌そうな顔で片方の眉を上げた。
「…ふぅ。承知しました。…火炎弾。」
思わずカッとなりそうなのを何とか呑み込み、大きく息を吐いて気持ちを抑えるハル。
そして内心の燻る怒りを込め、複数の火の玉を壁に向けて飛ばす。
派手な音が響くのでどの様にしても気付かれるこの際、形振りを構っている場合ではないと判断したのだった。




