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「だから、それじゃダメなんです。あれは魔物ですよ?きちんと拒絶して下さいって。」
何回目になるのか、などと考えながらも言い募るハル。
ここは貴族であるマンスフィールド伯爵の屋敷で、依頼人はダフニー・マンスフィールド。現当主、ウィリアムの実母だ。
「だって…あの娘は…。」
だが説得も空しく、当の本人であるウィリアムは魔物をあの娘呼ばわりして庇う始末。
「ですから、それ自体があの魔物の手なんです。現に御当主、日に日に痩せていっているではないですか。あれに精気を吸われていっているんですよ?」
貴族屋敷の立派な客室で、ひたすら聞き分けの悪い中年を説き伏せるハル。
大きく溜め息を吐きそうになるが、必死に青筋を隠しつつ言葉で戦っていた。
先日会った時には、もう少し痩せた方が良いんじゃないかと思う体型だったのだが。
「違うよ、あの娘は悪い魔法使いにあんな身体に変えられてしまっただけで…。」
このウィリアム・マンスフィールドは54歳の筈だ。
勿論妻子もなく、母と暮らしている使えない貴族。前当主であった父ノーマンの頃に賜った伯爵の名前も、彼亡き後税収の右肩下がりで、このままだと爵位の維持すら難しい感がある。
「しっかりして、ウィリアム。貴方にはきちんとお嫁さんを捜してあげるから、あれはやめてちょうだい。」
息子の説得に自信をなくした母親のダフニーは、泣く泣くハンターへ依頼したのだ。
つまりは、母親にはエンプーサが認識出来ている。これは良い。家族も分からない場合が一番困難を極めるからだ。何せ、味方がいなくなる。
「っ?!姑が出てきてどうするんだよっ。僕はあの娘が良いんだ。」
「でも御当主は、伯爵家をお取り潰しにさせたい訳ではないのでしょう?」
「当たり前だっ。ここは僕の屋敷だぞ!」
ウィリアムが怒りに任せてテーブルを叩いた為、訪問時に出されていたカップが音をたてて大きく揺れ、既に冷めてしまっていた紅茶が溢れる。
人の話を聞かない、典型的な殿様思考だった。
自身の言い分が周囲へ通らないと怒りを顕にし、短絡的に暴力に訴える。
「…あれは夢魔と呼ばれる魔物です。御当主が見る夢は何ですか?仮に本当の人間だとしても、彼女をとる事で今の地位を捨てる勇気はおありですか?」
ハルは笑みを消し、真っ直ぐウィリアムへ視線を向けた。
実際、ハルにとってはウィリアムがどちらを選ぼうが問題はない。困るのは依頼人であるダフニーであり、当の本人のウィリアムなのだ。