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「ハンターをやらないなんて選択自体、俺にはなかったですから。」
カラーを受け取ったハルの笑みに、一瞬だけ悲しみが浮かぶ。
魔物討伐の最中にハルの目の前で深い傷を負った父親は、その怪我が原因で他界していた。つまりは魔物狩りはハルの生きる目的になったのである。
「あ…さっき言っていたこの前のって、エンプーサの件ですか?」
空気が重くなった事を感じてか、すぐさまいつもの笑顔を浮かべてアンディに問い掛けるハルだ。
ハルの本心を垣間見る事が出来るのはアンディの前だけだったが、それも一瞬だけである。
「そうだ。依頼先の貴族から請求が来ている。日に日に弱っていく息子を見ていられないと、今朝ギルドに乗り込んできた。」
アンディはハルの本音をそれ以上追求する事も出来ず、問い掛けに応じるのみとした。
「へぇ~、乗り込んできたんだ。けど夢魔に襲われるのって、本人にも非があったりするんだけど。まぁ、今回は大勢の被害者が出てたヴォジャノーイの方が優先だったしね。新月時が一番弱いから、タイミング的にも逃せなかったんだよなぁ。」
ニヤリと笑みを浮かべるハル。
夢魔であるエンプーサは美しい女性の顔をした魔物である。鋭い鉤爪のついた手と蝙蝠の翼、片方の脚には大きな蹄を、もう一方は青銅という特徴を持つ。だがその性格は邪悪で、血や精気を吸い、人を喰い殺す事もある。
「仕方のない事だ。それでも、解決策は伝えてあるのだろう?」
「勿論ですよ。罵詈雑言に弱いって、一般人にもやりやすい撃退策を教えてやりましたから。」
依頼帳簿を開きながら確認してくるアンディに、ハルは半ば溜め息混じりに告げた。
もし仮にそれで簡単に撃退出来たのならば、ハンターへ報酬を払う依頼人はいなくなる筈である。
「効果がなかったようだな。」
どちらにかは触れる事なく、アンディは淡々と事実のみを告げた。
「いくら美人でも、相手が魔物じゃねぇ?」
わざとらしく肩を竦めてみせるハルである。
「そういう男だからこそ、エンプーサに好かれたのだろう。まぁ、俺にも分からない趣味だがな。」
「ですよねぇ?まぁ、先に依頼を受けたのは俺ですし。夕方行ってみます。」
アンディもハンターゆえ、魔物に好意を寄せるという行為自体が理解不能のようだった。
ハルはそれを受け、苦笑しながらも早急の解決を約束する。
「頼む。」
「了解ですっ。」
幾つかの事項を記入し、帳簿を閉じたアンディ。
ハルが再度依頼を受けた事で、アンディのこの件への関わりは一旦終了となる。そういった依頼途中の細かな点も、ギルドマスターの仕事だった。