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(ごめん…ハル。)
項垂れるダン。
無事クロフォード邸に到着したハルとダンだが、着地して魔法を解除した途端、ハルが片膝を地につけたのである。
「疲れた…。散歩にしてはハードだったな。…ダン。お前、三日間寝室立ち入り禁止な。」
首を左右に動かし、身体に残った妙な緊張を解しながら告げるハル。
(え~っ)
「反論は認めない。分かったな。」
咄嗟に文句を言うダンだが、立ち上がって自分を見据えるハルは有無を言わさない態度だった。
(うぅ~…、分かった。俺、独りで寝る)
不満感を顕にしているものの、ハルの言葉を覆す程のボキャブラリーを持ち得ていないダン。
耳を伏せ、渋々といった形で了承する。
「この後、起きたらギルドへ行く。それまでダンも休んでおけ。行け。」
(は~い)
ハルはそれだけ告げると、ダンへ立ち去るように指で指示した。
「…あのバカ、本気で爪を立てやがって…っ。」
ダンが立ち去ったのを確認してから、ハルは己の背中に触れる。
先程ダンが爪を立てた場所は、触れるだけでピリッと痛みが走る程しっかりとハルの身体に傷を残していたのだ。
「はぁ…、俺も良くないんだけど。風音の後の頭痛を抱えたまま、風翼で飛ぶんじゃなかった。お陰で集中が途切れて風壁が解けちまうし、その分無駄に魔力を使ったぜ。」
溜め息をつきながら寝室へ上がり、着ていた服を脱ぎ捨てる。
黒い服なので目立たないが、その背中はしっとりと血に染まっていた。
「ダンに気付かれないように風壁を張り直したけど、アイツの爪にも俺の血がついてたな…。まぁ、良いか。それくらいならいくらでも誤魔化せるだろ。」
鏡を見ながら濡れタオルで傷口を拭い、薬をつける。
常にアイテムボックスに入れている薬は薬草から加工されており、アイテム屋から傷薬として購入が出来るのだ。
「…ふぅ…、ねむ…。」
その後証拠隠滅の為、自分の血痕のついたものは全て魔法で焼却。そして裸のままベッドに転がり、俯せの状態で意識を沈ませるハル。
一方、怒られて自室に退却したダンは、自分用のベッドに転がってクッションに八つ当たりしている最中である。
(ハル…、あんなにも怒らなくて良いのに…っ)
ダン専用の部屋は一階にあり、ベッドに自分より大きな抱き枕兼クッションがあるのだ。
今はそれを前脚で押さえ込みつつ、後ろ脚で連続キックを繰り出している。勿論、爪は引っ込めてだ。
枕を壊したら、それこそハルに叱られる。
(ん?…何、このにおい…?)
不意に鼻に感じる甘いにおい。
クン…クンクン…。においを嗅ぐ度に気分が高揚してくるダンだった。どうやらそれは自分の右前脚から漂ってくる。
ペロッ…。ダンは舐めてみた。途端、耳の先から尾の先まで、ゾワゾワッと全身の毛が逆立つ程の感覚が走る。
(何?何?…あ、あれ?………もうない…)
我に返って再度確認してみるが、もう既に同じにおいはなくなっていた。
何故だか酷くガッカリと項垂れるダンであった。




