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(あれ…?)
「何だ。どうした、ダン。」
地面に付きそうな程、鼻先を下げていたダン。
突然何かに気付いたように、勢い良く顔をあげる。
(あのね…、何かね…?)
一通り周囲を見回した後、再びクンクンと地面のにおいを嗅ぎ始めた。
その説明は要領を得ないが、何かの気付きがある事は確かである。
ハルは静かにダンの様子を伺った。助けを求められれば、いつでも手を貸せるように。
(あ…、あっち…っ)
突如何かを察し、ダンが勢い良く駆けていく。
「ぅおっ?!マジ?」
トップスピードで夜明け前の町を走っていく黒豹ダン。
…勿論、人がついていける筈はなく。
「何処行ったっ?!」
ダンの姿を見失い、ハルは拳を両の手に作って叫んだ。
「ダンっ?!何処だ~っ。…何で黒なんだよ~っ!?」
自分の格好も黒一色なのだが、それを棚にあげてハルは天を仰ぐ。
この世界では珍しい黒髪黒眼のハル。彼は他に黒髪黒眼の人を見た事がない。でも母親の容姿にそっくりだと、父親から良く聞かされた。
「…黒…。OK、分かったよ。」
呟きながら、ゆっくりと仰いでいた顔を下げる。
だが、先程の焦りはその瞳になかった。力強い黒い瞳。
「…風音。」
ハルは風の捜索魔法を発動させた。
壁があろうと密閉されていようと、空気がある場所に存在する全ての音を聞き取る。
範囲は込めた魔力次第。今回の捜索対象は黒豹のダンだ。
「…足音。…息遣い。…まだ走ってるな。」
ハルは聴覚に集中させていた意識を戻す。そして、音の聞こえた方向を向いた。
ここは王都トラヴィス。この魔法、本来ならばこれ程多くの生き物が存在する場所では行わない。何故ならば広げた魔力範囲、全ての音が耳元で響いているかのように聞こえるのだ。
人は普段、無意識のうちに聞く音を選別している。全ての音を聞く必要もなく、ましてやそれら全ての情報量を処理しきれないからだ。
だがしかし、この魔法はそれを無視する。全ての音という音を術者の耳に届け、知覚させる。
生物の息遣いも鼓動も植物の中を通る水の音も、目に見えない程極小の生物の蠢きから地中の生物が這う音まで、全てだ。
「…ふぅ…。」
ハルは細く長く息を吐く。
この魔法は術者にかなりの負担を与える。頭が割れそうな程の大音量の中で求める音だけを拾い、聞き分けなければならないからだ。
「アイツ、会ったら叩く。」
再度違った意味で拳を握り締め、ハルは目指す方向へと歩を進める。
まだ町が起きていない時間帯で良かった。




