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次の瞬間…ブワリと空気が動いた気がして、ハルは目を見張った。
何故だか、目の前に男はいない。
代わりにいたのは、黒豹の…ダン。
「ダン…。」
思わず呟く。
記憶にある姿と同じく、綺麗な黒い毛皮の美しい黒豹。真っ直ぐ向けられる金色の瞳は…、ハルに先程の男を思い出させた。
「本当に…、ダンだったんだ…。」
(うん。俺、だった)
お互いの間にある二、三歩の距離が酷く遠く感じたハル。
「…バカダン…、勝手に家出なんかしやがって…っ。」
ハルは再び俯き、己の前髪を掴む。
表情を隠すように行うそれに、黒豹のダンが歩み寄った。
(ごめん、ハル…。ごめんね?)
「バカヤロ…っ。」
そしてしがみつくように、ハルがダンの身体に抱きつく。
ダンはその場に尻をつけ、太くて長い尾をハルの身体に巻き付けた。まるで抱き締める腕のように。
暫くの間、そこはハルとダンだけの空間だった。
だが、実際には取り囲まれている。
(お願い。ハルを解放して)
ダンは顔を上げ、老人に真っ直ぐ視線を向けた。
「…お前はどうする。」
感情の見えない声が返ってくる。
「ここを…、我々を知られたのだ。ハンターに。」
(それは…、そうだけど…。でもっ!)
言い募るダン。
話は平行線のままだった。
「…良いよ、ダン。」
それまでただダンの温もりに浸っていたハルが、ゆっくりと身体を起こす。
グイッと目元を腕で拭った理由は、涙なのか。
「何。俺がハンターだから、このまま生かしては帰さないって?」
周囲を見回し、ハルは強気に言い放つ。
その表情に憂いはない。
「そりゃ、魔物は憎い。…この世界から淘汰したいくらいに。」
視線を落とし、吐き捨てるように告げた。
周囲の殺気が増す。
(は、ハル?!)
「けど…、依頼が出てないからな。」
驚いてその言葉を止めようとしたダンの頭を優しく撫で、安心させる為か、口元に笑みまで浮かべた。
「…依頼があれば殺しにくるのか。」
再び感情の見えない声で老人が問い掛けてる。
「そうだね…。そう…、なるかな…。」
ハルは視線をダンに向けたまま、不安に揺れる金色の瞳を見つめた。
「ならば…。」
「誓約、しようか。」
その言葉を遮るように、ハルは真っ直ぐな視線を老人に向ける。
「何?」
「だから、誓約。」
訝し気に問う老人に、ハルは再び同じ言葉を告げた。
周囲の気配が戸惑いに変わる。
ハルの言葉が、ただの口約束ではない事を察したのだ。




