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ハルは自然と左腰に触れた手を下ろす。
そこには、いつも装備している武器がなかった。
よくよく考えてみれば当たり前。先程までベッドに寝ていた身なのだから。
「…敵意は見えないけど?」
内心の焦りを微塵と見せず、ハルは取り纏め役だと思われる老人に問い掛けた。
「儂等も、生きていかなければならないのでな。」
漸く口を開いてくれたのだが、周囲の空気はあまり芳しくない。
自分達が生きる為にする事。そんな事は誰しもが行っている。
「…俺も、自分が生きる為に色々とやってるけど?」
当たり前だと言わんばかりに、ハルはニッと笑みを見せた。
だがその挑発には乗らず、老人は淡々と言葉を紡ぐ。
「分かっているのだろう?」
「…キャットピープル、とはな。驚いたよ。」
決して視線を外さない老人に向け、ハルはボソリと呟いた。
瞬間、周囲を取り巻く気配が一変する。
敵意、恐怖、殺意…。あまりに負の感情が強すぎて、ザワリと首筋の毛が逆立った。
「まさか、本当にいるとは思わなかった。ダンが…そうだとは思わなかった。」
ハルは後半を溜め息混じりに、誰に言うとでもなく吐き出す。
「…そうだよな、初めからおかしかったんだよな。」
視線を落とし、自分の裸足を包む力強い緑の草を見た。
「猫の声が聞こえる訳ないのに…。」
自由に動く左手で片目を隠すように、髪をグシャリと掴む。
だが、その一言でまたしても周囲の気配が変わった。
驚愕、不安、…戸惑い。
「え?」
思わずそのままの体勢で、ハルが顔を上げてしまったくらいだ。
「…声が聞こえたのか。」
静かに問い掛けてくる先程の老人。
何の話か分からず、ハルは瞬きを繰り返す。自然と左手が落ち、ダラリと所在なくぶら下がる。
「獣の声が聞こえるのか、と問うた。」
再度の問いに、ハルは先程の独り言のような告白の事を言われているのだと気付いた。
「あ…、いや…。全部じゃねぇよ…ってか、基本的に聞こえないし…。ただ…、ダンの声が聞こえるだけで…。」
ハルは戸惑いつつ、視線をさ迷わす。
この事は、父親しか知らないのだ。言ってはならないと言われたから、誰にも告げた事はない。
成長すると共に、それが異常な事だと気付いた。そして、他の動物とは会話など出来ないという当たり前の事にも。だから、誰にも言わなかったのである。
さ迷った視線は、自然とダンの…ダンと名乗った男の姿を映した。自分と同じ、黒い髪の青年。初めて見たこの姿を、何故か知っていると感じた自分が不思議で。
でも、この金色の瞳を…ハルは知らないと言えなかった。真っ直ぐ見つめるこの金。もはや、理屈ではなかったのである。




