自首
シェルフィアが街路で馬車を探していた頃、ユジュは一人でメイヴェス基地の正門前に辿り着いていた。
いかにも堅牢な作りのその門を彼女は見上げる。何度見ても軍事基地はやっぱり厳しさの見本のような施設だった。それも当然だろう。ユジュは今まで、ここには娘のリセの義眼の調整を依頼することしか、来たことがなかったが、本来ここは街の治安を守る要の施設。中には罪人も大勢収監されているのだから。
そのなかの一員に、自分がなることに、ユジュは些かの躊躇いも何もなかった。リセがたった今も中で暮らしているというのに、いったい何を後込みする必要があるのだろう。彼女を自由にするためなら、何を犠牲にする気もない。
――もう少し待っててね、リセ。あと少しの辛抱だから。
心の中でそう呼びかけて、ユジュは門に向けて歩いていた足を速めた。門を警護するために佇んでいる衛兵に、ユジュは声をかける。
「――あの、私は、ここに収容されているリセという娘の、母親なのですけれど」
すると衛兵はにっこりと笑って応じてきた。
「ああ、はい。お待ちしておりましたよ、ユジュさん。お久しぶりですね。私の顔、覚えておいでですか?」
妙なことを問われ、ユジュは思わず衛兵の顔を見上げた。若い男がユジュを見下ろしている。その顔を見つめて、ユジュは不覚にも逃げ出しそうになった。咄嗟に、彼に刺し殺されるのではないのかと思ったのだ。彼は自分に恨みがあるはずだから。しかし、その直前に、男に腕を摑まれて動きを制止された。
「いま妙な動きを見せましたね?まさか、この期に及んで逃げようなどとは思っておりませんね?そんなことをしたら可愛い娘さんが泣きますよ。せっかくお母さまのためにここまでしてあげたのに」
「・・あ、あんた、振付師、の・・」
「ええ、そうですよ。オーヴェリアの劇場の、ルアンです。危うくあなたに殺されかけた、ね」
衛兵に変装した振付師は再び笑みを浮かべたが、笑ったのは口元だけだった。目は全く微笑んでおらず、こちらを不敵に見下ろしている。
「あなたには聞かせてもらいたいことが山ほどあるのですよ。少々、こちらの尋問に付き合ってもらえませんか?どうせそのつもりでいらしたのでしょうし」
ルアンはユジュに語りかけ、そしてふいに基地の正門からなかを覗き込んだ。つられてユジュも中を覗き込む。そしてユジュは目を瞠った。
正門のなかには、厳しい顔つきをした兵士たちが大勢佇んでいる。誰もがこちらに厳しい表情を向けるなかにあって、一人だけ寂しそうな表情でこちらを見つめている者があった。誰もがユジュを非難しているような視線を向けているが、その者の視線だけは少し様子が違っていた。
リセだった。拘束されている様子もなく、屈強そうな女性兵士に守られるようにしてこちらに顔を向けている。
――お母さん、どうして、来たの?
ユジュの目には、リセのその表情はまるでそう言っているように聞こえた。ユジュは心のなかで娘に詫びた。
――ごめんね。けどね、お母さん。リセを身代わりにするなんてできないよ。リセを守るためにした行動で、リセを犠牲にして、いったい何になるんだい?リセももう、つまらない嘘をつくのは、やめなさい。




