タリスマンの真価
薄暗い部屋の中で、二人の女が向かい合わせに椅子に座っていた。一人は青い髪を腰まで垂らした、妙齢の女性で、もう片方は緑色の髪を、同じく腰まで伸ばし、青髪の女性と同年代ぐらいの 外見をした女性だった。
「ねえ、オリジン」
青い髪の女性は、目の前に座る女性の名を口にした。そしてティーカップを取って、紅茶を一口飲むと、それを元の場所に丁寧に戻して、話を始めた。
「この世界はあまりに理不尽だと思わない?」
「どういう意味だ?」
オリジンは、外見に似合わない男口調で、青髪の女性の問いに返した。
「努力した善人が、必ずしも幸福になれず、運の良い悪党が幸福を掴むこの世界について・・・・」
「それが理不尽だと?」
オリジンの問いに、青髪の女性は静かに頷いた。
「そうよ。だからこそ、私はあなたに出会えたことを誇りに思っているわ。あなたの力があれば、私は神になれる。古き忌々しい世界を、平等で素晴らしい新世界へと変革して行く。そのチャンスをくれたあなたを、この世で最も尊敬している」
「ほう・・・・」
「行かなければならないの。デッドエンドに・・・・」
女性は椅子から立ち上がると、静かに部屋を後にした。
ファム達、三人は宿の中に入った。玄関の先は正面に長い廊下が続いており、歩くたびにミシミシと建て付けの悪さを象徴するような音が鳴っていた。かなりの年代物らしく、壁にはシミやヒビがあった。
「二人とも歩くの速いのね」
アンジェリカは、腰を引きながら歩いていたので、二人から少し遅れてしまっていた。
「おい、アイン。少しはゆっくり歩け」
「うるさいぜ、俺は俺のテンポで歩きたいんだ」
ファムとアインは無意識に小走りになっていた。そしてアンジェリカのことなど、気にもかけずに、どんどん先を急いだ。
「何だありゃ?」
しばらく無言で歩いていたアインが突然、足を止めた。その拍子にファムは、彼の背中に鼻をぶつけてしまった。
「痛、急に止まるな」
「ああ、悪いな。それよりもあれ・・・・」
アインが指した先には、半開きの扉があった。しかし驚くべきところはそこではない。何と、半開きの扉から、無数の枝のような物が伸びており、さらに周囲の壁にも張っていた。
「タリスマン」
アインが叫ぶと、彼の神獣であるタリスマンが、小さな体を揺らしながら、半開きの扉の近くに走って行った。それは正に小さな偵察隊だった。
タリスマンが扉に近づくと、突然、壁に張り付いていたはずの枝の一部が、タリスマンに襲い掛かった。そして避けようとするタリスマンの、右耳を枝の先端が吹き飛ばした。
「がああ・・・・」
同時にアインの右耳が千切れ、壁に激突した。
「おい」
ファムは背後に倒れるアインを支えると、床の上に寝かせた。彼は息も絶え絶えの様子で、震える指で、タリスマンの方を示した。
「くそ」
タリスマンは木の枝に体を巻かれ、苦しんでいた。このまま放っておけば、アインごと真っ二つになってしまうだろう。焦ったファムは剣を振り上げて、木の枝を斬って回った。
「大丈夫かアイン・・・・」
ファムは枝を斬り終え、タリスマンを開放すると、アインの元に駆け寄った。
「はあ・・・・はあ・・・・、平気だぜ」
「でも、耳が・・・・」
「これか、すぐ代わりを作るから待ってろ」
アインはタリスマンを脇腹に這わせると、皮膚を肉ごと掴ませて、そのまま力を籠め、引き千切らせた。
「ひっ・・・・」
驚いたファムは、思わず後ろに下がった。血と肉の欠片が廊下に僅かに散らばっていた。タリスマンは肉と皮膚の塊を、両手でコネコネと揉むと、いつしかそれは、アインの右耳にそっくりの形となっていた。タリスマンはそれを両手で持ち上げて、アインの千切れた右耳の部位に付けると、何とそのまま元通りにくっ付いてしまった。
「驚いたかよ。タリスマンは、本人のある肉体の部位を改造して、別の肉体の部位を作ってくれるんだ。もちろん、俺の肉体で作った耳を、お前に付けることはできない。体が拒絶反応を起こすからな。丁度、脇腹に余計な肉が付いていたんで、体も引き締まり、一石二鳥だぜ」
呆然とするファムをよそに、アインは半開きの扉の先へと進んで行った。




