ミステリアス・プリズン
ガラガラと鉄格子を揺さぶる音で、ファムは目を覚ました。扉一枚隔てた先には、鬼のような顔をした看守が立っている。そして小声で何かをボソッと言った。
「おい、取引しないか?」
「はあ・・・・?」
ファムはまだ微睡の中だった。この男は何を言っているのだろうか。彼女は眠気眼を擦りながら、ふらりと立ち上がった。するとその音で、アインも目を覚ました。
「何だよ。まだ時間じゃないだろ?」
看守は鉄の扉を開けると、牢屋の中に入って来た。そして切羽詰まった顔で、ファムとアインを交互に見比べていた。
「お前達にとっては千載一遇の話だが、実は、一昨日から、夜勤の看守達が使用している、別館の宿で失踪事件が起きたんだ。その宿を利用している看守達が、ことごとく、その宿から出て来ないばかりか、偵察に行った連中も、宿に入ったきり、連絡が取れなくなっている。恐らく、何かがあるんだ」
「どこが千載一遇なんだ?」
アインは寝起きのせいもあり、とても不機嫌だった。
「もし、お前達が、そこに偵察に行ってくれたら、刑期を短くしてやる。つまりは司法取引だ」
ファムは看守の胸倉を掴んだ。
「おい、それはお前達の問題だろ。新しい看守を偵察に行かせろ。何で、囚人を使うんだ。死んでも良いということか」
ファムは今にでも、看守の顔を殴り飛ばしそうな勢いだったが、それをアインが窘める。
「待てよ。看守さん、さっきから他の牢屋でもコソコソと何かを話していたが、他の連中にも頼んだのかい?」
「ああ、しかし断られたよ」
「行っても良いぜ。俺達」
アインは得意気に言った。すると、ファムは信じられないという表情で彼を睨み付け、何かを叫ぼうとしていたが、それよりも速く、アインが彼女の口を手で塞いだ。
「刑期を減らすのも悪くはないが、もう一つ条件があるぜ」
「何だ?」
「この牢屋さ、蒸し暑いんだよな。部屋変えてくれよ。お前らが使っている宿ぐらいの大きさの部屋に。フカフカのベッドと、座り心地最高の椅子が欲しいんだよ」
「わ、分かった。この問題が解決したら、別館の宿の一室を使わせてやる」
「オーケー」
アインはファムの口から手を放すと、藁の上で眠っているアンジェリカを揺さぶり起こした。
「起きろよ。藁を奪い合う必要が無くなったぜ」
「ふえ・・・・?」
アンジェリカは急に起こされたので、まだ意識がはっきりとしていないのか、ぼんやりとした顔で、天井を向いていた。
「これで少しは楽しくなるぜ」
アインは嬉しそうに小躍りすると、看守に従い、牢屋から出た。ファムはアンジェリカを立たせると、彼女に肩を貸しながら、仕方なく、彼の後を追いかけた。
「おい、アイン。別館だと、ふざけるなよ。煉獄への道から余計に離れるじゃないか」
「おいおい、お前は自己中かよ。俺は、別にお前の仲間じゃないんだぜ。待遇改善を要求するのは当然だろ。その方が、アンジェリカも俺も喜ぶんだよ」
ファム達は囚人らの羨望の眼差しを受けながら、建物から出ると、綺麗に手入れされた庭園を通って、赤レンガ造りの、看守用の宿の前に到着した。
「まるでホテルだな」
ファムは率直な感想を述べた。その建物は、監獄よりも遥かに頑丈で立派な造りに見えたからだ。
「俺はここにいるから、脱獄なんて考えるなよ。お前らはさっさと、中の様子を見てくりゃ良いんだ」
看守の傲慢な発言にアインがキレた。
「お前なあ。俺らが協力してやるんだろうが。命がけだって言うのに、脱獄なんか考えるかよタコ」
アインは地面に唾を吐くと、そのままズカズカと宿の中に入って行った。ファムとアンジェリカは、互いの顔を見合わせて、溜息を吐くと、同じように宿の中に入って行った。




