奇想天外な勝利
ファムは看守と囚人を置いて、さらに先へと進んで行った。そして奥の部屋を開けた。
「ここは・・・・?」
部屋の中は巨大な水槽がいくつもある、まるで水族館のような場所だった。壁際にピッタリと設置された水槽の中には、見たことも無いような魚が何匹も泳いでいた。それこそ、危機を忘れて、見入ってしまうほどに。
「おい、そこの囚人何をしている?」
突然扉が開き、看守の男が部屋に入って来た。彼は腹が膨れて死んでいる同僚を、肩に抱いていた。そして憤怒の表情を、ファムにぶつけた。
「お前が殺したのか?」
「ち、違う。私だって今発見したんだ」
「では何故、我々に知らせなかった。くそ、舐めやがって、今、他の看守を呼んでくるからな。覚悟しろよ」
囚人は同僚を床に寝かせると、そのまま部屋から出て行こうとした。煉獄に行きたいファムにとっては、寧ろ好都合とも言える状況であるが、看守が部屋を出ようと、扉に手をかけた瞬間、テーブルの上の金魚鉢がブクブクと、急に泡立ち始めた。
「何だ?」
ファムが構えるよりも早く、金魚鉢から何かが飛び出した。そして看守の喉元に、その何かの尖った鼻らしきものが、突き刺さった。
「なん、ぐあ・・・・ごぼおお」
看守の喉が膨れて行く。喉が鳴り、何かを飲まされているようだった。よく見ると、喉に刺さっているのは、オレンジ色の鮮やかな体色の、小さなカジキマグロのような魚だった。そして看守の喉から、尖った鼻を引き抜くと、彼の喉から僅かに水がピュッと小さく飛び出した。そして魚はそのまま消えてしまった。
「大丈夫か?」
ファムは看守の元に近付くと、彼の腹が先程の人間達のように膨れて、また既に死んでいることに気が付いた。無意識に彼女は立ち上がると、扉を開け放って走り出した。
「神獣だな」
ファムは水浸しの廊下を走りながら呟いた。彼女の背後から、神獣らしき魚が、水浸しの廊下の僅かな、水滴を泳いで追いかけて来た。どうやら、廊下を水浸しにしたのはこのためらしい。
「何者だ」
「ギョギョギョ、俺の名はスラッシュ。ある囚人と契約した神獣さ。今から、お前を水膨れにして殺してやるぜ」
スラッシュはファムに向かって跳びかかって来た。彼女は頭を下げて避けると、そのまま廊下を曲がった。
(調理場に行ければ)
ファムは走りながら、廊下に張ってある監獄内の地図に眼を通した。そして、倒れ込むように調理場の扉を開け放つと、そのまま調理台に激突した。小麦粉が床にぶちまけられ、白い粉が霧のように、調理場を白く包んだ。
「ギョギョギョ」
スラッシュは大きく跳躍すると、調理場にある桶の中に入り、プカプカと泳いでいた。そして白い粉が消え、視界が戻るのを待っていた。そして霧の中から、ファムの人影を捕えると、そのまま勢いをつけて、彼女の喉元に喰らい付いた。
「ぐっ・・・・」
果たして、スラッシュの攻撃はファムに命中した。彼女の喉元に鼻が突き刺さり、その反動で、ファムは背後に倒れた。
「ギョッとしただろうが」
「ああ・・・・ぐう・・・・」
ファムは白目を剝きながら、手足をバタバタと動かした。必死の抵抗だったが、彼女はついに力尽きたのか、両手を床に付けて動かなくなった。
「ギョギョギョ」
スラッシュは勝利を確信した。しかし、違和感があった。それはファムの腹が膨れていないのである。その疑問を抱いた時、既にスラッシュの体がファムの右手によって、強く掴まれて、無理矢理に首から引き剥がされていた。
「掛かったな」
ファムはスラッシュの体を掴むと、そのまま調理場の壁に叩きつけた。すると、遠くの方で男の悲鳴が聞こえて来た。どうやらスラッシュの契約者らしい。
「もう死んでいると思うが、一応種明かしをしてやる。どうして、私が調理場に来たか。それは、塩分を採るためさ。塩を飲んで、体内の塩分を濃くすれば、水を大量に飲んでも、その塩分を薄くするだけで、普段よりも遥かに多くの水分を摂取できる。後は、死んだふりをして、お前が水を注入するのを止めさせれば、後はこちらのものだったんだ」
ファムは一通り説明し終えると、看守が来る前に、調理場から逃げるように立ち去った。




