水の恐怖
ファムとアンジェリカは、アインの後を追って牢屋から出た。昼休みは比較的に自由に動けるというのは本当だった。他の囚人も同じように、食堂や売店にいる。最も、少しでも遠くに行けば、すぐに看守達の眼が光るのだが・・・・。
「おい、本当に行くのかい?」
アインは廊下に設置してある椅子に座ると、足を組んで、退屈そうに前髪を弄っていた。
「当然だ」
「だったらさ、あそこの突き当たりを右に進んでみろよ。そこからさらに真っ直ぐ行けば、煉獄に繋がる階段が見つかるはずだ。まあ、そこに到達する前に、あんたは死体になっちまうがな。何せ、あそこはデッドエンド中で、最も警備の行き届いた場所だからな。看守どもは寝ないで見張ってやがる」
「ところで、その煉獄へと通じる階段まで、ここからどのくらいの距離だと思う?」
ファムはアインの隣に腰を下ろした。
「ああ、せいぜい100メートルかな。あの角を曲がって走れば、10数秒で着くだろうな。しかし、その少しの距離が問題なんだ。恐らく、階段の前に張っているぜ」
「だが、行かねばならない」
ファムが立ち上がると、遠くの方から、ガタッという何かが壁にぶつかる音が聞こえてきた。アンジェリカはビクッと体を震わせると、ファムの方を見た。既に彼女は走っていた。
「誰かがいたぞ。話を聞かれたのか?」
既に音の正体は何処にもいなかった。ファムは諦めて立ち止まると、背後のアインとアンジェリカの方を向いて、首を左右に振った。
「だから言わんこっちゃない。危険なんだよこのエリアはな。これに懲りたら二度と、煉獄に行こうなんて思うんじゃねえ」
アインはぶっきらぼうに言うと、付き合ってられないとばかりに、二人を置いて何処かへ行ってしまった。もう、ファムも追いかける気は無かった。彼はあてにならないと悟ったのである。そんな彼女を励ますように、アンジェリカが肩を叩いてきた。
「怖がらないで。さっきのな看守じゃないよ。だって、煉獄側と正反対の廊下を走って行ったんだもの」
「そうだな。私はそいつを探してみるよ。顔ははっきり分からなかったが、青い服を着ていたのは何となくだけど見えた。体型は男のものだったしね」
ファムはアンジェリカに別れを告げると、男の逃げた道を歩いて行った。すると、ある奇妙なことに気が付いた。
「ん?」
ファムがふと、床を見ると、何と床一面が水浸しになっていたのだ。それも掃除で水がけでもした直後のように、あるいは、派手にバケツの水を溢した後のように、何処もかしくも、透明な液体で濡れていた。
「あれは・・・・」
ファムはさらに奥に進むと、今度は腹が蛙のように膨れたまま死んでいる、7人もの看守と囚人を発見した。どれも外傷は無く、ただ腹が水分で満たされていたという事実以外は、何の特徴も見当たらなかった。
「水中毒・・・・」
ファムは看守達の死因を、その症状から判断した。彼らの肺には水が溜まっておらず、ここから推測するに、少なくとも溺死ではないことが分かった。水は人間にとっては必要不可欠な物であるが、その反面、毒にもなりうるのだ。一度に大量に摂取すれば、体の濃度のバランスが崩れ、不快感と倦怠感を覚える。そして酷ければ、そのまま死に至るケースも十分にある。最も、普通に生活して、水を飲みすぎても、水中毒になることは、ほとんど無いだろう。これは何かしらの力によって、限界を超えて水を飲まされたからこそ、起きた症状なのである。




