デッドエンド
ファムは小さなイカダの上に乗せられていた。二人の白いローブを着た男が、彼女を挟むように立っている。そして船を漕いでいると、大海の真ん中にそびえ立つ、黒く四角い形をした、巨大な監獄があった。
「もうすぐで着くぞ」
「ああ・・・・」
ファムは手を後ろで縛られた状態で頷いた。
ファムがこの姿でいるのには理由があった。彼女はマロが自分に黙って、デッドエンドに行ったという事実を不自然に感じていた。だから自分の眼で直接確かめに向かったのだ。そのためには、彼女自身がデッドエンドの内部に辿り着く必要があった。しかし罪人以外には決して、入ることを許さない鉄の監獄だ。彼女自身が罪人として、そこに収容される必要性があった。
(アリッサごめんね)
ファムの行動をアリッサは知らない。もし彼女が知ればとても怒るのだろう。しかし今はそれどころではない。
「ほら、降りろ」
島に上陸すると、男がファムの背中を足で思い切り蹴り飛ばした。
「あぐ・・・・」
反動でうつ伏せに倒れたファムの顔は、泥にまみれていた。それを見て男が笑っていた。
「くそ、それでも敬遠なホーリィー教の信者か?」
ファムは泥を吐き出しながら男を睨んだ。
「無駄口を叩くな。ほら、行くぞ」
ファムは縄を解かれると、両手に手錠をされ、そのままデッドエンドの入り口である、大きな門をくぐった。そこは、一度入ると死ぬまで出れないという地獄の門だった。
ファムは監獄内の白い廊下を兵士に挟まれて歩いていた。左右の壁は鉄格子になっており、何人もの囚人の手が、鉄格子の間から、まるで肉を求めてさまようゾンビのように、ウネウネと突き出ていた。ファムを連れて来た男達は、それを木の棒で叩いて回っていた。
「107号室、お前の新しいお家だぜ」
男の一人が、107と壁に掘られている牢屋の前にファムを連れて行くと、そのまま鉄格子の扉を開けて、彼女の尻を足で蹴り、無理矢理に牢獄の中に押し込めた。
「あ、痛・・・・」
ファムは立ち上がると、すぐに男に向かって殴りかかろうとしたが、既に牢屋の扉は閉じられていた。男は鍵の付いたリングに指を入れて、得意げにクルクルと回していた。
「ようこそ地獄の楽園へ」
男達の下品な笑い声が廊下中に響き渡った。流石のファムも、額から汗を流し、恐怖を覚えた。そして背後から人の気配を感じ、振り向いた。
「え・・・・」
ファムの視線の先には、床に敷いてある藁があり、その上には。白いローブを着て、同じく白いフードをスッポリと頭に被っている女性が座っていた。フードの中から青い髪の毛がチョロッと出ている。そして、さらに右の方を見ると、今度は壁にもたれ掛かったまま、天井を見ている、短い黒髪の無精髭を生やした男が座っていた。
「相部屋?」
ファムは思わず首を傾げた。すると女性の方が立ち上がって、ファムの元へ駆け寄って来た。
「あの、私はアンジェリカ、あなたは新入かしら?」
女性はまだ若かった。年齢は恐らく17ぐらいが妥当だろうか、見方によっては、さらに下にも見える。とてもこんな牢獄には似つかわしくない、流麗な様子だった。
「私はファムよ。奥の人は?」
ファムは壁にもたれ掛かっている男を見た。彼も若い方で、年齢的には20を越えた程度だろうか、ファムと同い年にも見える外見をしていた。
「ああ、彼はアインよ。最も協調性ゼロで、誰とも口を聞こうとしなのだけれど」
ファムとアンジェカが揃ってアインの方に視線を合わせると、彼はウザったそうに、ゴロリと横になると、そのまま二人に背を向けて眠ってしまった。
「アンジェリカとアインね」
ファムはアンジェリカと藁の上に座った。そしてシミだらけの薄汚れた天井を見つめた。彼女がここに来たのには目的がある。それを果たすためには、このデッドエンドについて知る必要があるのだ。




