悪夢の終焉
「くそ、何ということだ」
アーリマンは地面に血を吐いた。かなりの傷を負ってしまった。おそらく現実の世界にいるゲブはもっと大きなダメージを受けているに違いない。
「もう終わりか?」
「はあ・・・・はあ・・・・」
アーリマンは肩で息をすると、一つの妙案を思いついていた。それは死ぬ寸前だからこそ思いついた渾身の策だった。
「確かに貴様は強い。だがそれこそが弱さに繋がることを教えてやろう」
アーリマンは体をグルグルと竜巻のように回転させると、そのまま縮んで、マロの姿に変身した。
「何・・・・」
ガロは思わず後ずさった。夢の中とはいえ、実の息子と面と向かうのは初めてだったからだ。
「動揺しているねパパ」
マロの姿をしたアーリマンはガロの元に近付いて行った。
「息子の姿をすれば、俺が攻撃できないと思ったのか?」
「うん、そうだよ。僕はマロの記憶とか性格も完全に再現できるからね。いくら作り物と言っても、子供を殺せる親はいない」
「できるさ」
ガロは剣を構えて、マロの姿をしたアーリマンに近付いて行った。しかしあと一歩という位置で、剣を握る手が震えてしまう。アーリマンの付け焼刃の作戦は、功を奏したのだ。彼はそれがまやかしと分かりながらも、剣を振るうに忍びなかった。そうしている間に、アーリマンの手には巨大な鉄のハンマーが握られていた。夢の中なので、何でも用意することができるらしい。彼はそれでガロの後頭部を殴り付けた。そしてその拍子に彼は剣を地面に落としてしまった。
「ごふ・・・・」
ガロは衝撃で地面にうつ伏せで倒れると、上からさらにハンマーの洗礼を背中に受けた。骨の砕ける音とともに、血と痰の入り混じった物を唇から垂らし、ガロは落した剣を拾おうと手を伸ばした。
「甘いね」
アーリマンはガロの手の甲をハンマーで潰すように殴り付けた。同時に彼の手が拉げて、彼の口から聞いたことのないような絶叫が木霊していた。
「正直ホッとしたぞ。お前のような男は、もうこの世界にはおるまい。跡の片づけは部下に任せれば良いからな」
アーリマンはハンマーを持ち上げた。もうだめだと、ガロは強く眼を瞑った。ここまで絶望を強いられたのは、何年ぶりだろうか。最後に彼を恐怖に陥れた存在は、まだ年端も行かぬ少女だった。緑色の長い髪をした少女は、異常なほどに強く、当時の仲間だったクロウが、土下座をしていなければ、今頃は殺されていただろう。最も、クロウともそれがきっかけで違ってしまったのだが。
「さらばだ」
アーリマンが両手を振り上げたその時だった。突然空にひびが入り、ガラスのように割れた。そしてマロがガロの元へと降って来た。
「何だ・・・・」
ガロは幻覚だと思った。ミイラのように死人同然となったマロが、ここに来るはずがないと。しかしそれは現実だった。彼は黒い人型の神獣を召喚すると、ガロの前でアーリマンと戦闘を始めた。
「マロ・・・・」
ガロは手を伸ばすが、マロには届いていない。見ているよりも遥かに遠くで闘っているらしい。
「アブソリュート」
マロは神獣の名を呼んだ。神獣は両手を強く握りしめると、アーリマンの顔に拳のラッシュを浴びせた。
「ぐあああああ」
アーリマンの体が宙を舞った。そして地面に叩きつけられると、顔面から血を流しながら怯えていた。
「止めろ。私を殺したらここから出られなくなるぞ」
「出られるよ」
マロはアブソリュートを引込めると、倒れているガロの元へと向かった。
「待て、まだ私は死んではいないぞ」
アーリマンの言葉にアブソリュートが答えた。
「ああ、確かにお前は死なない。いや、死ねないと言った方が妥当かも知れん。我が能力はあらゆる存在や概念を、無に帰する能力。お前に待つのはマイナスでも無く、ただの0だ」
言い終わるのを待たずに、アーリマンの体は煙とともに消え去った。そして、マロはガロの元へと駆け寄って行った。




