許されざる者
ガロは地下室の扉を開けた。そこには壁も天井も鋼のように固く冷たい。厳重ではあるが、何処か寂しげな場所だった。霊安室を思い浮かべると分かりやすいのかも知れない。
「マロ・・・・」
ガロが叫ぶと無意識に、部屋の中央にある鉄製の台に向かって走った。そこには大きな白い布が覆われていた。
「これは何だ?」
「それがマロだ。布を取れば分かるが。私としては、お前にそれを取って欲しくはない」
「し、死んでいるのか?」
「死んでいるならば、まだマシかも知れない」
ガロは白い布に手を掛けた。そしてフェンリルの方を振り向いた。
「悪いが、ここまで来て、見ないという選択肢は思い浮かばない」
ガロは布を手で剥ぎ取って、初めて成長したマロの姿を見ようとした。
「な・・・・」
布の先にいたのはマロではなかった。いや、正式にはマロではあるが、敢えてそれに名前を付けるとすれば、かつてマロであった者だとか、ミイラと呼ぶのが相応しいのだろう。それは枯れ木のようにやせ細り、水分を失っていた。触れると皮膚が、本当に木の枝のようであったし、少し力を入れれば、折れてしまいそうにも感じられた。
「何だ。これはまるで、木偶人形だ。顔に目と口と鼻に、最低限の穴が付いているだけで、顔がどうなっているのかも分かりはしない。その上、体が冷たいのか、温かいのかも分からない。どうなっているんだ」
「教えて欲しいのは私だ。病気なのか、一体何なのか見当もつかない」
「俺は、少しだけ分かってきた。きっとこれは罪なんだ。俺の罪が業となって、この子をこんな姿に変貌させたんだ」
ガロは膝から崩れ落ちると、あの日、神獣に恋していた自分を恨んだ。そして自分の首を剣で刎ねようとした。しかしそれはフェンリルによって阻止される。
「何をしている。死んでどうするのだ」
「済まない。どうかしていたようだ」
ガロは剣を収めると、マロの手を優しく握った。するとマロの眉が僅かに動いた。そしてゆっくりと乾いた口を開いた。
「パパ・・・・」
「マ、マロ・・・・」
ガロはフェンリルの方を向いた。彼も驚いていた。
「馬鹿な。喋ったぞ」
「俺の息子はまだ生きている」
二人でマロの様子を見ていると、彼の体からシヴァが現れた。召喚もしていないというのに、どうしてこのような現象が起こるのか、二人には理解できなかった。しかし目の前にいる神獣は静かに語り始めた。
「ようやく来てくれましたね。私はシヴァ。彼と契約した神獣です。もう私には生命力がありません。彼を助けることはできない。このまま消えるのを待つのみです。しかし彼の中には、私よりも強大な神獣がもう一体眠っています。それを目覚めさせるには、魔力が必要です。お願いします。彼に魔力を・・・・」
シヴァはそのまま煙のように消えた。
「今のは?」
「シヴァの魔力が起こしたものだろう。あれを見るに、彼女はとっくに死んでいるな。あれは彼女が死ぬ直前にこの世に遺した最後の魔法だろう。彼女が望んだ人物が近付いた時に、自動で発動するようになっていたんだ。マロが二体以上の神獣と契約しているのなら、そのもう一方とやらを起こしてやらねばなるまい」
フェンリルはマロに近付くと、自らの体を緑色に発光させて、彼に魔力を与えた。
「フェンリル・・・・」
「私の魔力の量は、ドラグーンにも匹敵する。だからその神獣を目覚めさせることは可能だろう。それに早くしないと、外から邪悪な魔力を感じるんだ。敵が近くまで来ている・・・・」
「フェンリルよ。マロは任せた。俺がそいつを食い止める」
ガロはフェンリルにそう言い残すと、そのまま地下室を跡にした。




