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ナイトメアワールド

「ねえ、起きてよ・・・・」

 耳元で少年の声が聞こえて来る。まだ変声期を迎えていない明るい声だった。アリッサは眼をゆっくりと開けて、周囲の様子をぼんやりと見渡していた。そこは壁も天井も緑色の奇妙な部屋で、彼女は緑のソファの上で眠っていた。そして、そんな彼女の顔を、見覚えのある少年が見下ろしていた。

「マロ・・・・?」

 アリッサは少年の名前を呼んだ。彼は嬉しそうにクスクスと笑っていた。

「良かった。随分と寝ていたから、死んじゃったんじゃないかって心配したよ」

「ええ、だけど、私、確か、何か大事なことがあった気がするんだけど・・・・」

 頭が上手く働かず、言葉が出て来ない。マロは少し不思議そうにアリッサを見ていたが、すぐに元の笑顔に戻って、話を続けた。


「何があったのか覚えていないの?」

「うん、全然分からないわ。いつから私は寝ていたの?」

「古代神獣をやっつけてからかな・・・・?」

 マロは立ち上がると、そのまま部屋の奥に向かうと、二人分のグラスとオレンジと思われる、果汁の入ったジュースを持って来た。そしてそれをテーブルに置いて、交互にジュースを注いで行った。

「マロ、一つだけ聞いて良い?」

「ん、なあに?」

「あのさ・・・・」

 アリッサは躊躇いがちに目を伏せるが、マロがすぐに覗き込んで来た。


「何で、マロは古代神獣のことを知っているのよ・・・・」

 アリッサは、自分でも驚くぐらいに低い声で言った。マロの表情から、人懐っこい笑顔が消えた。まるで人形のように無表情になると、グラスにジュースを注ぎながら、アリッサをじっと見つめた。既にグラスから、ジュースが溢れているというのに、そのまま無限にジュースは注がれ続けていた。

「マロ、ジュースが・・・・」

 アリッサは慌てて注意するも、マロの顔は無表情で、テーブルから床に垂れても、グラスから噴水のようにジュースが溢れ出しても、決してそれを止めることはなかった。


「や、やめなさいよ」

 アリッサはマロの手首を掴んだ。それも欝血するほどの強い力で。するとマロは手をあっさりと離し、代わりにジュースの入っていた、瓶が床に落ちて割れた。

「どうしたの?」

 アリッサは心配そうにマロの様子を伺った。するとマロは、急に顔をテーブルに押し付けて、ガクガクと上下に揺れ始めた。

「ちょ、ちょっと」

「おごおおおおおお」

 マロは白目を剝いて、口からは発泡酒のような泡を大量に吐き出しながら、尚も震えていた。それは最早、痙攣と言う方が適切なのかも知れない。


「ごおおおおおおおお」

 マロの顔が硫酸を浴びたように、ドロドロと醜く焼け爛れた。そして両目と鼻がポロポロと床に落ち、いつの間にか、彼の顔は肉片一つ付いていない、骸骨になっていた。そしてグルグルと360°に頭蓋骨が回転し、それが首から外れて、アリッサの足元に転がった。

「嫌あああああ」

 アリッサは無意識に頭蓋骨を蹴ると、急いでその場から逃げだした。そして廊下に出ると、そのまま走って突き当たりを右に曲がり、目の前の茶色のドアを開けて、別の部屋に入った。


「はあ・・・・はあ・・・・」

 息を切らして入った先は、大広間になっていて、部屋の真ん中に大きな鉄の棺桶のような物がある以外は、特に何の特徴も無い、ただ広いだけの場所だった。

「誰か・・・・」

 アリッサは無意識に鉄の顔桶に近付くと、それを開けようと手を添えた。すると、突然ピチャピチャという奇妙な音とともに、棺桶の下の方から、真っ赤な鮮血が水たまりのように広がっていた。

「ああ・・・・」

 棺桶はアリッサの手から離れたが、最早、それは一つの意思のある生命体となっていた。勝手にドアノブが回されると、勝手に開いたのだった。


「え・・・・?」

 アリッサは何が起こったのか分からなかった。目の前にあるのは鏡ではない。しかし鏡でないと納得できない事情がそこにはあった。彼女の前には、同じく彼女がいた。つまりアリッサが棺桶の中から出て来たのだ。それも血塗れで、肩や腹、腕や足には、鉄製の針が突き刺さり、それらはいずれも貫通していた。

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