黒い人柱
「何よここ・・・・」
アリッサは、四方を黒一色の壁に囲まれている部屋にいた。先程から、人の悲鳴が部屋中に響いており、どうにかなってしまいそうだった。
「サラマンダー」
アリッサはサラマンダーを召喚すると、正体不明の黒い壁に向かって、炎弾を吐かせた。
黒い壁は炎に触れると、僅かに溶けた。例えるならば蝋のようになっていた。触れると柔らかく泥のようで、アリッサは爪を立てると、猫のように壁を引っ掻いた。
「サラマンダー、見て。壁が崩れるわ」
「これで出れるぜ、やったなアリッサ」
アリッサは壁を掘っていると、指の先が、何か固い物に触れた。そしてそのままソレを掘り起こしてみた。
「ひ・・・・」
アリッサは思わず呼吸するのを忘れて、その場で硬直していた。サラマンダーが後ろから何かを言っていたが、彼女の耳には届いていない。壁を掘り始めたことを後悔するとともに、発狂するほどの恐怖と不快感が、彼女の華奢な体を襲っていた。
結論から言えば、出てきたのは成人男性の死体だった。まだ白骨化しておらず、壁に埋まっていたので、全身が黒く汚れていた。顔はハロウィンのかぼちゃのように笑っているようにも見え、舌がだらしなく突き出ていた。眼や口からは体液が滲み出ていて、これが安楽死でないことは良く理解できた。
「あっ・・・・」
死体はアリッサに向かって倒れ込むと、そのまま彼女を床に押し倒すようにのしかかった。彼女は死体の下敷きになると、急いでそこから脱出した。
「死体が、ひ、人の死体・・・・」
「落ち着けよアリッサ」
サラマンダーの声にアリッサはよりパニックを起こしていた。フラフラと立ち上がると、近くの別の壁に激突してしまった。すると再び、ぶつかった壁が崩れて、中から人が出てきた。
壁の中から現れた人物は、先程とは違って生きており、体も汚れていなかった。髪は短く、銀色で、碧眼を持った、童顔の若い男だった。まだ少年と言っても過言ではない彼は、アリッサを抱きしめて、まるで幼子をあやすように、彼女の後ろ髪を撫でた。そして愛おしそうにそれを指先で、クルクルと巻きながら弄ぶと、警戒した彼女にが離れるのを見て、少し名残惜しそうな顔をしていた。
「あ、あんたは誰よ・・・・」
アリッサは肩で息をしながら男を睨み付けていた。爽やかな風貌をした男は、含み笑いをしながら自己紹介を始めた。
「僕の名はワイズマン。趣味は読書で、好きな食べ物はメロンと魚かな。ああ、好みの女性のタイプは髪の毛がサラサラしている人か、髪の毛がフワフワしている人かな」
「あんたの目的は何よ」
「人柱を集めることさ。僕のご主人様が、表の世界を支配する証として、この塔で生贄をささげるんだ。そこの死体も、本来は人柱だったんだけど、この壁は熱に弱くてね、叩いても斬っても、ビクともしないのに、熱はダメなんだ」
ワイズマンは一通り説明すると、うっとりとした表情でアリッサを、爪先から頭まで舐めるように見つめた。
「君を人柱にするのはごめんだ。しかしその背後の神獣ならば良いかもしれないね」
ワイズマンは笑った。アリッサはてっきりサラマンダーのことを言っているのだと思っていたが、彼が見ていたのは別の者だった。彼女はまだそれに気付いていない。




