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黒い球体

 空が紫色に染まり、植物が枯れ、鳥達は飛行能力を失い、次々と地面の上に屍を晒していた。大気は凍て付き、太陽も月も雲に隠れて見えなかった。

「くそ、もう出やがった」

 ガロは空を見上げながら舌打ちをした。ファム達も慌てて、ガロの見ている方向に視線を合わせた。すると、何も無いはずの空間に亀裂が走り、ガラスの割れるような音が聞こえてきた。そして中から、黒い球体がいくつも宙に浮いている。


 呆然と立ち尽くしているファム達をよそに、球体が少しずつ色を失い、ついにその中身が姿を現した。

「んん、やはり表の世界は空気が美味しいですね」

 球体から現れたのは人間だった。特に尻尾が生えていたり、何か特徴的な部分があるわけでも無い。中心にいるリーダー格と思わしき男は、金髪の、男にしては長く肩まで伸びた髪を靡かせながら、空から表の人間達を見下ろしていた。年齢は30過ぎぐらいだろうか、年相応の威厳を感じる風貌をしていた。


「さあて、少し遊びましょうかね」

 金髪の男は、ファム達のことなどどうでも良さそうに話を進めている。例えるならば、人間が一々、アリなどの存在を気にしないのと同じように、彼らからすれば、表の人間達など、意に反す価値も無いとでも言うのだろうか。


 金髪の男が指をパチッと鳴らすと、先程の黒い球体が空から、ファム達の元に降り注いで来た。

「まずい、逃げろ」

 ガロが叫ぶと同時に何人かの人間達は、球体から逃れるために走り出した。しかしそれに出遅れた人間達もいた。彼らは全員とも、球体の中に呑まれてしまった。

「ファムさん、アリッサさん危ない」

 球体はファムとアリッサの元にも出現していた。ソルガは二人を突き飛ばすと、自ら球体に吸い込まれてしまった。

「ソルガ・・・・」

 ファムはソルガの手を引こうとするが、彼女の手が触れるよりも速く、彼の体は黒い渦の中に閉じ込められていたのだ。


「このおおお」

 イフリートは球体に向かって、炎の槍を飛ばした。しかし攻撃は球体をすり抜けて、虚空へと消えて行ってしまった。そして彼も同じように球体の中に呑まれたのだった。

「ファムにアリッサと言ったな。頼みがある。俺の息子を・・・・」

 ガロは言いかけたところで思わず苦笑した。先程まで、父親であることを否定していたくせに、今更何を言っているのだろうと自嘲した。幸い、これは彼の独り言で、二人の耳には届いていなかった。


「真・鎌鼬」

 ファムは剣を強く振るって、剣先から巨大な真空の刃を発生させた。そしてその攻撃は黒い球体に向かって放たれたが、イフリートの時と同様に、全く効いていないどころか、当たった感触すら無かった。そしてその攻撃によって、立ち止まったことが仇となり、ファムの体も黒い球体に呑みこまれていった。

「ファム・・・・」

 アリッサは地面に両膝を突いて落胆していた。一人では中々決断できない彼女の弱さが出たのだった。そんな彼女を嘲笑うかのように球体は、彼女を取り込もうと迫っていた。


「お嬢さん、避けるんだ」

 ガロはアリッサの腕を強引に掴むと、自分の元へと引き寄せた。おかげで彼女は球体からの攻撃から守れた。しかし彼女の表情はガロを攻め立てるように厳しかった。

「私はもう良いから、マロに会ってあげて。彼はバルド城の地下室にいるわ」

 アリッサは言い終えると、何かつかえが取れたかのように、安堵の表情となった。そして再び球体が二人に向かって来た時、今度はアリッサがガロを突き飛ばして、自らが球体に呑まれていった。

「ありがとうお嬢さん・・・・」

 ガロは強く自分の肩を掴んだ。真っ赤に充血し血が出るぐらいに強く肩に力を加えていた。そして球体の攻撃を避けながら、マロのいるバルド共和国に向かって走った。

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