誤った判断
グーラは、目の前に立ちはだかっている岩の壁から、静かに後ずさった。それに合わせて、ジャックが一歩前に出る。
「何故逃げるだ?」
岩の壁は再び変形すると、先程のゴーレムの姿に戻った。黒炎玉は、ゴーレムの額に埋まっている。
「気付いていないの?」
「何がだ?」
ジャックは気付いていなかった。自分の神獣が恐ろしい爆弾を抱え込んでいることを。そしてそれは彼にとって、寧ろ好都合となった。
「やれ、ゴーレム」
痺れを切らしたジャックはゴーレムに命令した。ゴーレムは頑丈な右腕でグーラの顔面を殴り付けた。本来ならば当たるわけもない遅い一撃だったが、既に黒炎玉の存在に気付いているグーラにとっては、気も漫ろで、とても戦闘どころではなかった。
「がは」
グーラは顔面を正面から殴られ、鼻血を流しながら背後に吹っ飛んだ。そして壁の木の枝の中に突っ込むと、その中の一本に背中を貫かれた。
「あ・・・・あ・・・・」
グーラは枝を体から抜くと、フラフラと立ち上がった。ここまでの深手は久しぶりだった。戦闘慣れしている彼女にとって、中々攻撃を正面からまともに受けることはない。
「殺してやる」
胸に確かな殺意を秘めて、グーラはゴーレムの元へと走った。するとゴーレムがその場で跳躍した。体が大きく、また重いせいもあって、大したジャンプ力ではなかったが、彼女の攻撃を避けるには十分だった。
「ああ・・・・」
グーラの足元の影が大きくなっていく。ゴーレムの狙いは攻撃を避けるだけではなかった。防御転じて攻撃となる。地面にいるグーラを巨体から繰り出される重みで、押しつぶそうという算段だった。
咄嗟に避けようとするグーラであったが、ここでも彼女はミスを犯していた。なまじ強いばかりに、自分のステータスを顧みなかった彼女は、自分の肉体が先程の攻撃によって、上手く機能できないほどに、弱っている事実に気付けなかったのだ。
本来ならば受けなくても良い傷を負うというのは、これほどまでに屈辱的なことなのだろうか。グーラはそれを身で味わった。何と、彼女の体はゴーレムの大きな両足の下敷きになったのだ。
「死ぬ・・・・」
生まれて初めて、自分が死ぬのではないかという恐怖に襲われたグーラは、さらにゴーレムの蹴りを腹部に受けて、天井に激突した。木の枝が体に絡み、直撃は避けたが、内臓はいくつも潰れ、声もまともに出すことが難しくなっていた。
「死ぬのは嫌。た、助けて・・・・」
グーラは地面の上でうつ伏せになると、涙を流しながら、額を地面に押し付けた。それは降伏を示しているようで、彼女からは敵意というものがすっかり消えていた。
「ジャックどうする・・・・?」
ゴーレムがグーラの前で初めて口を開いた。恐ろしい外見に似合わず、少年のような無垢な声だった。
「お前、助かりたいか?」
ジャックはゴーレムを盾にしつつグーラに近付いた。彼女は静かに頷いた。初めて味わう死の恐怖にめっきり闘争心というものを失っていたのだ。
「助けても良いが条件があるど」
「条件・・・・?」
「ああ、オラ達と来てもらう」
「人質になれってこと?」
「それに近いが、古代神獣王を倒すために協力してもらいたいんだど」
グーラは首を左右に振った。古代神獣である自分が、その王を裏切るなどとんでもない話だ。しかしその様子を見たゴーレムは、拳を鳴らして、まるで、逆らえば殺すとでも言いたげな様子で、彼女を見下ろしていた。
「オラは、お前らに仲間も家族も友人も殺された。だけどな、今のオラにはそんな怨みよりも、世界の平和の方が大事なんだど。正直言うと、お前なんかこの場で殺してやりたい。だけど、お前の力を利用すれば、この巣の中で迷うこともなく、敵を倒すことができるど。だからオラは自分を押し殺して、お前を殺さねえ。だから、お前も協力してくれ」
「分かったわ・・・・」
グーラはその問いを受けた。彼女の利己的な性格は、自分の命を守ることに全力を尽くし、ついに自らの主人を裏切ってしまった。最も、彼女のドラドへの忠誠心は、イフリートとは比べものにならないほど小さく弱い。さらに言えば、シヴァもドラドへの忠誠心など元々持っておらず、楽しそうという理由だけで、彼に従っていたので、その点は彼女と同じかも知れない。しかし、これがシヴァであれば、ここで裏切るという選択肢はとらなかっただろう。




