それぞれの覚悟
「はあ・・・・はあ・・・・」
騎士は黒炎玉を指先で軽く突いた。グーラの表情に怯えが見られた。あの玉はガラスのような物で造られていて、色は黒く透けていた。玉の中は少量の液体が入っているだけで、別段、恐れるに値するような代物では無かった。しかしユラユラと玉の中で揺れ動いている液体を見ると、流石のグーラも何か、恐ろしい力を感じざるを得ない。
「これが何か分かるまい・・・・」
「ふん、その玩具で何かできるってわけ?」
グーラは玉の中にある液体を見て、それが一瞬白く光ったことに気が付いた。そしてそれが何なのか、少しずつ分かってきた。
詮ずるところ、それは魔力を凝縮させて造られた爆弾だ。あの玉が砕ける時、ここは一瞬にして焦土と化すだろう。
「さらばだ・・・・」
騎士はそれを頭上上げると、思い切り地面に向かって投げつけようとした。グーラはそれを見て、無意識に叫んだ。しかし彼の耳には届いていない。そしてもう終わりだと諦めかけた時、彼の胸を炎で造られた槍が貫いた。そしてそのままバランスを崩しながら、地面に倒れた。その拍子に黒炎玉は、炎を撃った主の手に渡っていた。
「危なかったな」
赤いローブで顔を隠した、イフリートが黒炎玉を手の平に乗せ、軽く転がしていた。
「ええ・・・・」
グーラは肩で息をしていた。イフリートはそんな彼女を冷たい目で睨み付けた。
「侵入を許すとはな。貴様の件はドラド様に報告する」
「そんな・・・・」
「ふん、嫌とは言わせん」
イフリートが踵を返して、戻ろうとした。すると遠くの方から大きな叫び声が響き、同時に何かを砕くような音が聞こえてきた。
慌てて振り返ると、そこには巨大な岩の神獣、ゴーレムを引き連れたジャックが立っていた。体には生傷がいくつもあり、かなりのダメージを受けていることが分かった。
「貴様」
「ほら、こいつをやるど」
ゴーレムは右手に掴んでいる黒い布を、イフリートに向かって投げた。何とそれは、食糧庫の見張りをしていたはずのリッチであった。
「ああ、イフリート様・・・・」
「まさか、人間に敗れたのか・・・・」
イフリートの口元が歪んだ。顔はフードに隠れて見えないので、そこからでしか、彼の様子を窺い知ることはできない。
「助け・・・・」
リッチの言葉よりも速く、イフリートはリッチの体を天井に向かって投げた。そして落ちてくる彼に、炎弾を当てた。
「ぐあああああ」
全身を炎に包まれながら、リッチは地面に到達すよりも早く、灰になっていた。
「くそ、面汚しが。ドラド様に何と伝えれば良いのだ。グーラよ。こいつを始末しろ。お前が勝てたら、例の失敗は見逃してやる」
「分かったわ・・・・」
グーラの表情がパッと明るくなった。しかしイフリートが、彼女に背中を見せて歩いて行くのを見た途端、彼女の顔が怒りに震えた。
「あいつ、偉そうにして。リーダーはこの私だというのに」
グーラは苛立ち交じりに壁を殴ると、すぐにジャックの方に視線を移した。
「聞いたでしょ。悪いけど死んでもらうわ」
「悪いがそれはオラのセリフだ」
二人の闘いが始まった。




