決死の突撃
ファム達はテントに戻った。眼前で起きた惨劇に何もできず、逆に深手を負わされて帰ってきた自分を、ファム自身で責めていた。先の戦闘で受けた、手足の傷は、冷たくズキズキと痛んでいる。既に他の神獣や人間達の中にも、悪魔の巣を目指して侵攻を開始した者がいた。しかしそれらは往々にして、巣の入り口に到達すれば良い方で、それ以前に、グーラという古代神獣の妨害を受けて、無抵抗で殺された者達がどれほどいたか。考えるだけでも恐ろしかった。
「皆を止めてくれ。このままじゃ、全滅してしまう」
ファムは何とか声を振り絞って言ったが、それが不可能なことは本人が一番良く分かっていた。ドラグーンの声によって集められた軍団は、所詮は烏合の衆に過ぎず。他の者と協力するよりも、自分達が誰よりも活躍してやろうという、安っぽい功争いに興じているのだ。そんな彼らが手を組むはずがない。誰もが、我先に手柄を上げたいはずである。
心の狭い連中の中には、悪魔の巣に特攻して敗れた者を見て、黑い笑いを浮かべる者もいたほどだ。彼が止まるわけがない。そうして少し経てば、あれほどまでにいた大軍団も、数えるほどにまで減っていた。テントの多くが潰れ、無人の物が半分以上を占めていた。
あまりに凄惨な状況に、フェンリルがドラグーンの元に駆け寄り、相談を持ちかけた。
「既に半分以上の人間と神獣が敗れています。このままでは全滅してしまう。ここは大将である神獣王に出てもらうしか、手はないかと・・・・」
「そうしたいところだが、私は古代神獣王との決戦のために、力を温存しておかねばならない。ここで魔力を消費するわけにはいかんのだ」
「そんな・・・・」
フェンリルは頭を垂れた。眼前に広がる地獄を解決する方法はないのだろうか。彼は考えていた。
日が落ちて、辺りが完全に暗くなった頃、再び新たなる軍団が、悪魔の巣に向かって動き始めた。それは数にして、20人ほど、全員が全員、白銀の鎧に身を包んだ騎士達であった。その雰囲気は高貴なものをイメージさせる。
「止まれ」
列の先頭に立っている指揮官らしき男が命令すると、全員の足が止まった。そして指揮官が前に出て、背後で待っている騎士達の兜から覗く眼を、しっかりと見つめて話を始めた。
「ついに我々白銀隊の出番が訪れた。今は亡きファン王国の名誉のために、ここにいる全員が一丸となって戦って欲しい」
白銀隊、男の口にしたその名前は、かつて騎士達の憧れの代名詞であった。ファン王国最強の騎士団と呼ばれ、全員が白銀の鎧を着ていたことが、その名の由来となっている。彼らの栄華が崩れたのは、バレンタインという男が王位に就いてからだった。彼は白銀隊を煙たく感じており、白銀隊を南方攻略に派遣していた。辺境の異民族を征伐して来いという命令に、高貴な騎士達は静かに従った。
単刀直入に言えば、白銀隊の努力は徒労に終わったのだ。彼らが南方の大部分を征服した頃。ファン王国から、いつも来ている使いの者が来なくなっていた。それどころか支援物資の類もない。このままでは兵糧が尽きてしまう。そう判断した彼らは、ファン王国に戻った。しかしそこにはもう、かつての王国の姿など何処にもなかった。後に知った話によると、彼らが国を留守にしている間に、ファン王国は、隣国のバルド共和国の手によって陥落していたのである。
「さあ、行くぞ皆の者。作戦は一つ。我らの圧倒的な物量による突撃だ。真っ直ぐと巣の入り口を皆で目指して突っ走れ。途中で何人もの同士が傷付き、倒れるだろうが、決して歩みを止めるな。この中の一人でも、入り口に到達できれば、我々の勝利なのだ」
白銀隊の狼煙が上がった。決死の突撃作戦が始まったのである。




