悪魔の巣目前の死闘
カイザーとクルト、そしてジャックは悪魔の巣を目指して歩いていた。周りは乾いた赤土となっていて、砂漠のように足を取られる心配はない。彼らはいつの間にか、悪魔の巣まで、100メートルの位置にまで来ていた。背後を振り返ると、人や神獣の群れが点のように小さく見えている。如何に彼らから離れた位置にいるのか、嫌でも痛感させられる瞬間だった。
「ああ、先輩方、ここまで来ているのはオラ達だけだど」
「そうだなジャックよ。しかしどういうわけか、ここから先に進むことを、私の勘が躊躇っている。怯えているのではない。何かがある気がする」
言いながらカイザーは、隣に座っているクルトの方を見た。彼は目が見えないが、気配で分かるのか。カイザーに向かって小さく頷いた。彼も同じくこの不穏な空気を察していたのだ。
「先輩方。やっぱり奴らの言う通り、夜を待った方が・・・・」
「ならん」
カイザーはジャックの言葉を遮ると、一人で悪魔の巣に向かって再び歩き始めた。
「何か来るど」
ジャックはその瞬間叫んだ。何と、悪魔の巣から黒い人影が、こちらに向かって走って来たのだ。そしてそれは、カイザーの眼前で大きく跳躍すると、そのまま彼の右手を手刀で跳ね上げた。
「がは・・・・」
カイザーの右腕が地面に転がる。彼はその拍子にバランスを崩して、大地の上に倒れた。クルトは反射的にカタナを抜いた。ジャックは腰を抜かしていた。
「貴様ああああああ」
クルトはカタナを抜くと同時に、黒い人影に斬りつけた。しかし返って来たのは空を切る音だけで、その人影はいつの間にか、クルトの背後に立っていた。太陽に照らされて、その姿が露わになる。
「うふふ・・・・」
人影は女性だった。へそから下が茶色く腐敗した半裸の女性。顔は美しいが、左の顔の目玉が飛び出ており、本能的な恐怖感を相手に抱かせた。
「私の名はグーラ。ずっと狭い所に押し込められてて退屈だったのよ。少し遊びに付き合ってもらおうかしら」
グーラはジャックと目が合うとニコッと微笑みかけた。ジャックの額から滝のような汗が流れ落ちた。呼吸が苦しくなり、動機も酷かった。正に彼は恐怖していた。それを嘲笑うかのようにグーラの表情は余裕そうに見えた。
「二人とも逃げるのだ・・・・」
カイザーは辛うじて生きていた。失った右腕の接合部からは多量の血液が、赤土の大地をさらに赤く染めていた。彼は左手で剣を取ると、二人のために血路を開かんとする覚悟で、グーラに向かって行った。
「あははは、必死ね。殺すのが惜しいわ。そうだ良いこと考えた」
グーラはカイザーの兜を手で弾き飛ばすと、彼の額に指を突き入れた。そして指の先から何かを注入した。
「があああああ」
カイザーの体が痙攣を起こした。そして両目から緑色の汁を出しながら、泡を吹いて倒れた。グーラはカイザーの左腕を掴むと、悪魔の巣まで引き摺って行った。
「待て」
クルトが叫んだ。グーラは興味なさそうに、首だけを動かして、クルトの方を振り返った。
「私の体液にはね。生物をゾンビ化する特殊な液体なのよ。そうね、腐敗汁とでも言うのかしら。大丈夫よ。あなたの友達は私のためだけに闘うアンデッドとして、これからも生き続けるから」
「ゴーレム」
さっきまで腰を抜かしていたジャックが叫んだ。グーラの非道な行動によって、彼の怒りが恐怖を超えたのだ。
ジャックの前に岩を積み重ねて造られたような巨大な人型の神獣が現れた。そしてそのゴツゴツとした頑丈そうな腕を、真っ直ぐグーラ目掛けて放った。
「え?」
不意打ちにグーラは驚くと、そのまま後頭部を殴りつけられ、悪魔の巣の枝の束に突っ込んで行った。
「があ・・・・」
グーラは顔から血を流し、ヒクヒクと震えていた。もちろん、この程度で彼女を倒すことなどできない。しかし有効打にはなった。




