ベルゼブル
ファムはライディーンと契約した。これで三人とも神獣を仲間にすることに成功したのだ。そして今、彼らは、ロストアイランド行きの船の上にいる。参加の申し込みを終えて、金貨を一枚受け取り、船でサバイバルの舞台を目指す。船は中々の豪華客船で、地下にはカジノがあった。
「ねえ、ファム、僕あれやりたい」
マロがファムのスカートの裾を引っ張った。ファムは珍しく鎧姿ではなく、客船を意識しての純白のドレス姿である。
「ダメだ。カジノは子供がやるもんじゃない」
「でも、すごいキラキラしてるよ」
「キラキラしているものに限って、危ないんだ。マロは私だけを見ていれば良い」
マロはつまらなそうな顔をした。しれっと告白までしたが、やはり無視された。
「ねえ、二人とも、何してるのよ。ご馳走だらけよ」
アリッサは銀色の盆に肉やら野菜やら、はてはデザートまで、グチャグチャに装っていた。とても高貴な王女には見えず、かえってマロやファムの方が少食だった。
「さて、私はロマンティックに夜の景色でも見ようかな」
ファムは夜の心地良い風を浴びながら、外の景色を楽しんでいた。隣にはマロもいる。
「ねえ、ファム、巻き込んじゃって怒ってる?」
「怒ってないよ。私はブラスト家という、騎士の名門の一族の当主だったんだが、ある日、何もかもが嫌になって、一人で旅に出たんだ。そしてマロに出会った。私にとって、今が一番楽しいんだ」
感傷に浸るファムの前に一匹のハエが通過した。
「何だ、このハエは人が感傷に浸っているというのに」
ファムは手でハエを掴もうとした、しかし軽やかに避けられる。ハエは遠くに飛んで行くと、スーツ姿の男性の肩に止まった。
「うわ、ハエって嫌だね」
ファムは憎々しげにハエを見ていた。マロの眼が一瞬鋭く光った。
「ねえ、あれはただのハエじゃないよ。僅かだけど魔力を感じた」
「嘘?」
「本当さ」
その声が聞こえたのか、ハエは男性の肩から離れ、別の男性の耳の中に入って行った。
「何だ、耳が気持ち悪いな」
男性は耳に指を入れてほじった。その時だった。男性の耳から真っ赤な血が流れる。
「うああああ」
男性は驚き腰を抜かした。ハエはそのまま反対側の耳から飛び出した。男性は両方の耳の穴から大量に血を放出すると、白目を剝いて動かなくなった。
「い、今の見」
「見たよ。やっぱりあのハエは神獣だ」
マロの表情が硬くなる。この中にいる人間のだれかが操作しているのだ。ロストアイランドに着く前に、少しでもライバルを減らうとする汚い考えだろうか、そだの愉快犯か、いずれにしても、ハエをどうにかしない限り、自分達の命も危ない。
「僕が闘う」
マロがハエに向かおうとするのを、ファムが
手で静止した。
「マロとアリッサは闘うな。この船で炎やら氷を飛ばされるのは危険だ。それに…」
ファムは横目でアリッサを睨み付けた。
「何よ?」
「裏切り者がいても困るしな」
ファムの言葉に、アリッサは頬を膨らませた。
「私が敵だと言いたいのね」
「そうだ」
「同じ船に乗ってるわ」
「ほう、同じ船に乗っていると仲間になるのか。ならばここにいる人間はみんな私の仲間だ。あははは、仲間が増えて嬉しいわ」
ファムは剣を抜くと、ライディーンを呼び出した。
「ここは私が闘う」
ファムは旋回するハエに狙いを定めた。
「ライディーン、槍で串刺しにしろ」
「おう」
ライディーンは両手の槍で、ハエに向かって、高速の突きを繰り出した。しかし、ハエは、それを一撃ずつ丁寧に避けていく。的が小さい上に、動きも速いのだ。
最後の一撃を避けられた瞬間、ハエは口から唾液を吐き出して、ライディーンの顔にかけた。
ライディーンとファムが同時に苦しみ始める。まるで硫酸でもかけられたみたいに、皮膚が熱く、爛れるようだった。その姿を見て、マロが叫んだ。
「思い出した。あれはベルゼブルだ。昔、ウンディーネに聞いたことがある。ファム、その唾液は鉄をも溶かす、危険な酸だ。気をつけて。」
ファムはマロの方へ振り返えると、ニコッと笑った。
「マロ安心しろ。次であのハエを打ち落とす。」
ファムは再び、ライディーンに槍による連続突きを命じた。それに対して、ベルゼブルが初めて口を開いた。 。
「間抜けめ、学習能力あるのか?」
「たかがハエに説教されるとはな」
ファムは自嘲気味に笑うと、ライディーンの背中を踏み台に、大きく跳躍した。
「もう一度、酸の唾液で溶かしてやるぜ」
ライディーンの攻撃を避けるベルゼブルは、唾液を吐きかけようとした。その時だった。頭上から、剣を振り上げながら、ファムが落ちてきた。ベルゼブルは前からの攻撃を避けるのに集中しすぎて、上からの一撃に備える時間がなかった。つまりファムはライディーンを囮にしたのだ。
「うげええええ」
ファムの刃がベルゼブルを頭から、真っ二つに裂いた。同時に遠くからも、同じようは悲鳴が聞こえてきた。神獣使いの方も、ベルゼブルのダメージが伝わったらしい。
「やはりただのハエか」
ファムは剣を鞘におさめた。
その後、ロストアイランド主催者の配慮により、ベルゼブルを操っていた男の金貨は、ファムの物となった。そして船上の夜が明けた。
次の日、豪華客船は、ロストアイランドに到着した。そこはドーナツ状の巨大な島で、森林に海岸、火山、砂漠、湿地など多彩な地形が存在していた。これからここを舞台に、金貨争奪戦が行われることとなる。
三人はそれぞれ1リットルの水の入った水筒と乾パン、薬草を受け取り、いよいよサバイバルが始まろうとしていた。