海面の激闘
かつて伝説の海賊として名を馳せていた男がいた。彼の名はシャーロックといい、20代の前半に全ての海を回り切った彼は、海賊をあっさりと辞めると、今度はガロ、クロウ、バレンタインという4人の男達とパーティーを組んで、今度は地上の世界を縦横無尽に駆け巡ったという。そんな彼も、今は小さな漁村の漁師である。妻子に恵まれ、平凡だが価値のある毎日を過ごしていた。
「親父、魚が全然捕れないぜ」
波止場にゆっくりと腰を降ろし、黄昏ている父の姿を見て、苛立ったように息子のハンクが、銛を強く握ったまま、海から上がってきた。
「最近、妙だな。海が淀んで見えるぜ。昨日は浜辺に魚の死骸が打ち上げられていた。少し、ここら辺の様子を見てくるか」
シャーロックは立ち上がると、ハンクの肩を叩いて、空を見上げた。
「リヴァイアサン」
海の底から巨大な渦が現れた。そしてその渦の中心から巨大なサメに似た姿をした怪物が現れた。
「母さんに晩飯は要らないと伝えといてくれ」
シャーロックは言いながら、リヴァイアサンの背中にヒョイッと飛び乗った。そして周囲に水飛沫を飛ばしながら、港から離れて行った。
周囲の海の様子がおかしい。それに気付いたのは、今回が初めてではなかった。長年、海とともに生きてきたシャーロックであったが、ここまで異様な変貌を遂げた海を見たことがない。魚はプカプカと海面に浮かび死んでいるし、海の水は毒々しい紫色に染まっていて、中の様子は全く見えなかった。今のところ、人間には何の被害もない。紫の水は飲んでも平気だし、泳いだって何も起こらない。
「何だよ・・・・ありゃ・・・・」
シャーロックはリヴァイアサンに命令すると、その場に止めた。そして双眼鏡で、遠くからこちらにゆっくりと向かってきている、紫色の体に、数十本もの足を生やした。巨大なタコの姿を発見していた。
「あいつが原因か・・・・」
シャーロックは双眼鏡をしまうと、リヴァイアサンを泳がせて、タコの化け物のすぐ横付けに止めさせた。
「こいつは神獣だな。しかし妙だ。海の神獣は、お前とハンクのポセイドンの2体だけのはずだ」
訝しそうに眉を寄せるシャーロックに対して、リヴァイアサンが静かに口を開いた。
「あれはダゴン様だ。100年前、いや、正式には120年前に海を支配していたという神獣、既に深き眠りに入られたと聞いていたが、馬鹿な・・・・」
その異様な姿の神獣はダゴンというらしい。ダゴンは大きな双眼でリヴァイアサンを見つめた。
「ほう、リヴァイアよ。人間なんぞと対等に話をしているとは、少々がっかりだぞ。この海はこれよりダゴンの物となった。早々に引き揚げよ」
ダゴンの命令にリヴァイアサンは笑った。
「ふっ、相変わらず下品ですな。ダゴン様。貴様の時代はもう過ぎています。とっとと眠りに戻っていただきたい」
「ぬかせ」
ダゴンは口から墨を吐いた。そして周囲が漆黒の闇に包まれる。
「くそ、奴が消えたぞ。リヴァイアサン。メイルシュトロームだ」
「分かった」
リヴァイアンは体をその場で回転させると、巨大な渦巻きを発生させた。そしてダゴンの闇を払うと、元の青空の景色に戻った。しかし正面にいたはずのダゴンの姿は何処にも見当たらなかった。
「ここだ」
リヴァイアサンの周囲に紫のタコ足が6本、海の底から突き出ていた。そしてリヴァイアサンの体に巻き付くと、そのまま海底へと引き摺りこもうとしてきた。
「うぬぬ・・・・」
リヴァイアサンは体を動かして、タコ足を振り払おうとするが、既に体は強力な吸盤によって抑え付けられていた。そして少しずつ海底へと体が沈んで行った。
「く、ふふふ、すまんなシャーロックよ。貴様がいたのでは足手纏いになりそうだ」
リヴァイアサンは笑いながら、シャーロックの体を弾き飛ばした。そして言った。
「シャーロックとの契約を解除する。これで心置きなくダゴンを倒せるわ」
リヴァイアサンは海底へと潜って行くと、そのまま二度と戻っては来なかった。シャーロックは理解した。あの神獣は、自分を庇うために、助けるために契約を解除したのだと。そしてしばらくして、二つの大きな叫び声が、海底から地上へと鳴り響いた。その後、海底から浮き上がって来た者はいなかった。




