新たなる始まり
戦争から1年が経過した。ファムとソルガはアリッサの食客として、バルド城内に住んでいた。昼は城の兵士達と一緒に武の鍛錬をして、夜は月明かりを背景に読書をする日々を送っていた。しかし頭の中は常にマロのことで一杯だった。彼が眠ってから1年が経過しているのだ。それにも拘わらず、マロの心臓は動いていて、体も温かかった。旧エルムイ領や旧ファン領では暴動が多発し、まだまだ平和にほど遠いと誰もが嘆いていた頃、マロの父ガロは、世界でも数冊しかないという、貴重な蔵書が眠っていることで有名な、大魔導図書館にいた。
「ああ、ガロさん」
図書館の館長らしき白髪に白髭を生やした、そこはかとなく上品そうな印象を、人に与える初老の男性が姿を現した。ガロも静かに会釈をした。
「どうも、全く久しぶりですよ。大魔導図書館に来るのは。ところで「宿命論」や「ルミネス兵法」は何処ですかね。是非一度、拝読させていただきたいものです」
ガロの少年のように光る瞳を見て、その老人は笑った。
「あはは、しかしどれもタチの悪い翻訳本です。原典などありませんがね」
「それはそうですよ。原典なんか出されても読めませんから」
二人はしばらく談笑した後、老人の案内で、図書館の中の階段を下り、薄暗い地下室に向かった。そこには埃まみれの本が、多数保管されていた。
「ここでは、古くなった本をしまっています」
「あ、はあ、しかし何故こんな場所に?」
「理由は明白です」
老人は正面にある本棚を横にスライドさせた。すると奥に続く道が姿を現した。そしてさらにその最奥にあるテーブルの上に、一冊だけ、赤い背表紙の分厚い本が置かれていた。
「あれは・・・・?」
「神獣図鑑です。この世に存在している全ての神獣について記されている本ですよ。しかしあそこにあるのは現代の図鑑ではありません。現代の神獣図鑑は上の階にありますからね。ここにあるのは古い本だけ・・・・」
老人の言葉にガロは何か気付いたらしい。真剣な眼差しで老人の眼をじっと見つめていた。
「まさか、100年前の神獣図鑑」
「オフコースでございます。まさにあれは100年前の神獣について記された神獣図鑑、正式には120年前ですが、敢えて名付けるとすれば古代神獣図鑑とでも呼びましょうか」
老人とガロは古代神獣図鑑の目の前まで歩いて行った。そして老人がその本を開くと、パラパラと自動的にページが捲られていった。
「これです」
老人は巻末の部分で手を止めると、指をページの間に挟んでガロに見せた。
「これは・・・・」
ガロの前には意味不明な数字の羅列が記されていた。文字は書かれておらず、とてもじゃないが理解できたものではない。補足するために老人は話を続けた。
「この数字は、今は地の底に眠っている古代神獣の目覚める年月を記しています。奴らは120年の周期で目覚めて、この世界を焦土にするつもりだと、学者達は語っていました。私は学者の言うことですし、ちっとも信用などしていませんでしたが、この数字は嘘をつきません。何せ、現代の神獣王が記されたものですから」
ガロは顎に手を乗せて唸っていた。
「神獣王とはドラグーンのことですよね。あの野郎、俺と契約していた時は何も口にしなかったくせに、こんな本を書いていたのか」
「私があなたをお招きした理由は一つです。この数字には、今年に古代神獣が地の底から蘇ると記されているのです」
ガロの体に衝撃が走った。恐るべき地の底より現れし神獣、それが今年中に眠りから覚め、世界を焦土に変えるべく行動を開始するのである。流石の彼も言葉を失っていた。彼が思い浮かべたのは、世界の危機についてではない。古代神獣と闘い、命を落とす息子の姿を想像し、何も話せなくなっていたのだ。
「す、既に古代神獣の何体かは目覚めているかも知れません。このままでは、世界は滅びるのも時間の問題と言えるでしょう」
「分かりました。しかし残念ながら、このガロ、世界から追われている身でして、お力になれるかどうか・・・・」
「どういうことですか?」
「俺は罪を犯しました。人としてしてはならないことをね。そのおかげで、世界の国々が俺を抹殺しようと追手をよこして来るんです」
老人はガロの姿を見て首を傾げた。この高潔そうな男がどんな罪を犯したというのか、それが何なのか気になっていた。
「詳しくは言えませんが、息子の出生に関してのことです。俺の嫁、いや妻に関してのことと言えるでしょう。とにかく、ここに辿り着くのも結構命がけでした。詳しく話せば、あなたにも迷惑が掛かるやも知れませんので、俺はこれで・・・・」
ガロはいそいそと何かから身を隠すように図書館を後にした、老人は一人、地下室に残り憤慨していた。英雄が立たずして世界はどうなるのかと。




