無の行く先へ・・・・
「時間が戻って行くぞ。ふははははは」
バレンタインは勝ち誇ったように笑った。しかしその顔は、目の前で起きた不可解な出来事の前に、一瞬で吹き飛んだ。
「何だ?」
タイムリープは成功したはずだった。彼を除く全ての生命体はそれを認知できないはずだった。しかし目の前にいる、黒い人型の存在は、彼の目の前に到達していた。そして戻るどころか、彼に近付いていたのだった。
「何故だ・・・・?」
「残念だったな・・・・」
慌てふためくバレンタインに対して、その黒い人型は初めて口を開いた。
「私の名はアブソリュート。私はマロの生まれた時から、彼とともに存在していた。私は無の力を操ることができる。無とは、光よりも眩く、そして闇よりも暗く凍てついた、絶対的な消滅エネルギーだ。無の前では、あらゆる生命体は忘却の彼方へ消し飛ぶのだ」
「く、タイムリープ」
バレンタインは再びタイムリープを試みたが、時空が歪むことはなかった。アブソリュートは苛立ち気味に話を再開した。
「分からん奴だな。今、お前の魔法は0になったのだ。これがアブソリュートの能力なんだ。1兆という膨大な数字も、0を掛ければ同じ0なのだ。つまり、お前の強さなど初めから興味もないし、意味もないのだ。無に触れた瞬間、それは無かったことになるのだからね。それに、初め世界は、いや宇宙は無に包まれていた。そこからビックバンが起こり、今の宇宙が誕生した。無のエネルギーは、宇宙が誕生する以前より存在していた始祖なのだ。そしてそれは存在という存在を、全て消滅させる無限の力なのだ」
バレンタインは額から汗を流し、後ろにジリジリと下がっていった。そしてそれを嘲笑うかのように近付いてくるアブソリュートに対して、幼少期以来、味わったことのなかった恐怖を覚えていた。
「ナメるな畜生」
ジャバウォックの拳がアブソリュートの鳩尾目掛けて放たれた。そしてアブソリュートの体を貫通したかに思えた。だが、それは大いなる勘違いであった。彼の一撃は、そもそもアブソリュートに当たっていないのだ。まるで雲を殴っているように、手応えがなく、所詮、彼の体をすり抜けて、空気を殴ったに過ぎなかった。
「いい加減に理解しろ。0に何を掛けても0だと言っただろう。そしてお前は自ら滅びの道を歩んだのだ」
アブソリュートは、バレンタインの腕を指した。何と、彼とジャバウォックの右腕が消えていたのだ。しかも、血が一滴も流れておらず、切断面も存在していない。消しゴムで消したように、綺麗に無くなっていたのだ。
「うああああ、余の腕がああああああ」
「うるさいぞ。当然だ。お前の腕は無に触れて消滅した。この世の何処にも存在しない。完全に消えたのだ。無のエネルギーは、触れたものを全て消す」
「余は、どうなるのだ・・・・」
「本来、死んだ生物は、あの世に行く。そして生命エネルギーだけはこの世の死んだ場所に残り、時が経ち、そこから新たな生命が生まれる。つまり生まれ変わるのだ。そして世界は正常に動いている。だが、無によって消滅した場合は別だ。無によって消滅した生物は、あの世にもこの世にも存在できない。それは正に消滅としか言いようがないものだ。二度と生まれ変わることはなく、生きていた痕跡も無い。死よりも恐ろしいものだ」
「余は消えるわけには行かん」
ジャバウォックの左拳が唸りを上げて、アブソリュートに襲い掛かった。しかしそれよりも速く、アブソリュートの拳がジャバウォックの顔面に叩き込まれた。
「ごふ・・・・」
バレンタインの体が宙を舞った。




