マロ爆発
「ねえ、ソルガ、こういう時どうすれば良いのかな?」
マロは感情の籠っていない口調で、ソルガに語りかけた。
「あ・・・・あ・・・・」
ソルガは恐怖していた。この幼い少年から、僅かに黒い力のようなものを感じたからだ。そしてその口調は静かだが、少年のそれではなく、まるで相手を威圧するような底知れぬ恐ろしさがあった。
「どうしたら良いかな?」
答えなければ殺される。ソルガは思った。マロは倒れているソルガの顔に、自分の顔を近付けた。彼の少女のような顔立ちが、今日ほど恐ろしいと感じたことはない。彼の鼻が、ソルガの鼻に触れてしまうぐらいの距離で、吐息が顔に掛かるぐらいの距離で彼は聞き続けた。
ソルガは口をパクパクと金魚のように動かした。そして掠れた声で言った。
「か、仇討ち・・・・」
ソルガはそれが限界だった。全身の血液が沸騰しているのではないかと思うほどに体が熱い。だが心の中は空っぽで冷たかった。彼の意に沿う返答だっただろうか。彼はそれだけが心配だった。
「そうか・・・・」
マロはソルガから離れると、ゆっくりと歩き始めた。それは真っ直ぐバレンタインの方向に進んでいた。
「殺せば良いんだね」
マロはいつもの笑顔を見せた。しかしその瞳は笑ってはいなかった。あれは明確な殺意を含んだ眼だと、ソルガは思った。そして純朴な彼が「殺す」などという言葉を使ったことに違和感を感じた。
「ガキ、余を殺すと言ったな。良い度胸だ」
バレンタインは馬鹿にするように、マロのことを嘲笑っていた。ソルガはその様子を見て、表情をより強張らせていた。
(や、やめろバレンタイン。そいつはマロさんじゃないんだ。そ、そいつを刺激するのは止めてくれ)
目の前にいる少年はマロの姿をしているが、決して昔の彼ではない。これ以上彼を怒らせたらどうなるのか分かったものではない。危機感を募らせるソルガに、一つの明暗が浮かんだ。
「マロさん、ファムさんを生き返す方法があります。フェニックスです。今日の夜に降臨するフェニックスは、生者には不老不死を、死者ならば、その肉体を蘇らせる力を持っています。奴を倒せば、ファムさんは助かります」
「おい、クソガキども、フェニックスは余の不老不死を叶えるために降臨するのだ。そのために、こんな古びた塔を制圧したというのに、余計なことを言うんじゃない」
「本当に・・・・?:
マロの表情が一瞬明るくなった。しかしその時だった。ファムの胸に一本の槍が突き刺さった。
「蘇るのは肉体だけだろう。魂はあの世にあるんじゃないのか?」
バレンタインはさらに続けると、別の槍をファムの肩に突き刺した。衝撃で彼女の体が小さく脈打った。その時、マロの中の何かが壊れた。
マロは生まれて初めて人を殺したくなった。彼の体の中にある大事な何かが、音を立てて崩れ去った。そして解き放たれるように、漆黒の霧が彼を包んだ。
「殺してやる。よ、よくも、こんな・・・・」
マロはうわ言のように繰り返すと、彼の近くにいたウンディーネの体が弾き飛ばされ、壁に激突した。
「マロさん、ダメだ何か危険だ。落ち着くんだ。何が起きるのか分からないが、き、きっと恐ろしい力が関わっているんだ。頼む・・・・」
バレンタインはジャバウォックを前に出した。そして攻撃の体勢をとった。
気付いた時、マロの姿が消えていた。そしてソレは背後に立っていた。
「うおおおお」
バレンタインはジャバウォックとともに、床を蹴ってそこから離れた。そこには黒い霧に包まれた、成人男性ほどの身長の何かが立っていた。口と眼が赤く存在しているのみで、生きているのかどうなのかも判断が付かないほどに、無機質な姿をしていた。
「これが、さっきのガキか。な、なるほど、あのガロが捨てたガキのことだけはある。そして今、余は知ったぞ。ガロの罪を。奴の業を」
バレンタインの目の前に、黒い人型が現れた。
「タイムリープ」
ジャバウォックの瞳が光った。時空が歪み、時間がゆっくりと戻り始めた。




