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ロストアイランドへの誘い

 マロとファムは神妙な面持ちで、黒いローブの集団と、アリッサの姿を交互に見比べた。バルド共和国に静寂が流れる。始めに口を開いたのはマロだった。

「アリッサ。全部聞いていたよ。僕は・・・・」

「言わなくて良い」

 ファムがマロの唇にそっと指を付けた。そしてアリッサの瞳をじっと見つめた。彼女は耐えられず瞳をそらしたが、ファムはずっと彼女の姿を見ていた。

「騙してくれてありがと・・・・。おかげでマロがこいつらに会えたわ」

 ファムとマロは黒いローブの集団を睨み付けた。そしてマロはクロウに近付くと、静かに言った。

「僕のこと覚えてる?」

「ん?」

 クロウは顎に手を当て、何かを考えるふりをした。しかしすぐに澄ました顔で、無機質な言葉を吐いた。

「さあ、覚えていないな?」

「そう・・・・」

 マロは杖を強く握りしめた。そして俯いていた。静かなる怒り。今のマロを表すのに、これほどまで相応しい表現はないだろう。宿敵のボイドは、今まさに目の前にいるのだ。

「お前は中々強いな。ここに立っているだけで強い魔力を感じる」


 クロウは満足げに言うと、背後にいる、ボイドの中でも一際小さな黒ローブに視線を合わせた。

「おい、弟よ。お前の相手にふさわしくないか?」

 クロウが言うと、小柄な黒ローブは、他の連中と同じくフードを取った。そして顔の真ん中まで占めるほどの大きさの、充血した瞳で、マロを見た。

「うっ・・・・」

 マロの体に今まで味わったことないほどの、恐怖が襲い掛かった。呼吸が乱れ、鳥肌が立ち、まるで蛇に睨まれた蛙のごとく、一歩も動けなくなった。そこで彼は気付いた。こいつだ。村を焼いたのはこいつなんだと。


 マロと対峙しているのは、彼と同じぐらいの背丈の少年だ。大きく充血した瞳に、ボサボサの赤い髪、そして耳にはリングのピアスを付けていた。

「兄様、こんなガキと闘うんですか?」

 少年はマロをまるで相手にせず、クロウに媚びるような口調で言った。

「命令だ。闘え」

 クロウは無表情のままそう言うと、近くの岩場に腰を掛けた。同じく他の連中も地面に座った。

「皆、手出しは要らないぜ」

 少年はニカッと笑うと、マロの前に右手を出した。

「握手しようじゃないか。これから殺し合うんだし」

 マロは鋭い眼で、少年を睨み付けると、訝りつつも左手を出した。

「俺の名はラクトよろしくな」

 言いながらマロの鳩尾に蹴りを加えた。

「げほ・・・・」

 マロは鳩尾を両手で押さえて、地面に膝を付け蹲った。そして苦痛から逃れるように、激しい咳をした。


「卑怯だぞ」

 ファムがラクトに向かって叫んだ。だが彼は聞いていないように、眼すら合わせずに無視していた。

「俺も、神獣を持っているんだが、お前もだろ?」

「君には容赦しないよ」

 マロの背後にウンディーネが出現した。そして両手を前に突き出し、白い霧を発生させた。

「行くよウンディーネ」

「ええ」

「ダイヤモンドミスト」

 無数の氷柱の槍が一斉にラクト目掛けて放たれた。これは最初の盗賊達にも、アリッサのサラマンダーにも撃ったこのないほどの量だった。


「甘いぜ。ガーディアン」

 ラクトが叫ぶと、彼の正面に全身が岩石でできた巨人が現れた。そしてまるで壁のようにラクトの前に立つと、飛んできた氷柱を全て拳の連打で、打ち砕いてしまった。

「ヌウゥゥ」

 ガーディアンは瞳を赤く光らせて、小さく唸った。

「あはは、僕のガーディアンが久しぶりの獲物にご満悦だぞ」

 ガーディアンは拳を地面に叩きつけた。

「アースクエイク」

 地面にヒビが入る。そしてそのヒビがマロ目掛けて真っ直ぐ向かって行った。

「危ない」

 思わずファムは叫んだ。マロは地面に杖を突き刺して、ファム以上の大声で魔法を唱える。

「アクアリウム」

 マロの正面に水の壁が出現した。そしてガーディアンの放ったアースクエイクの衝撃を吸収するように止めた。


「ダイヤモンドミスト」

 マロが唱えると、再びウンディーネが氷柱をラクトに向かって飛ばした。

「馬鹿か、聞かないと言っただろう」

 ガーディアンは再び拳による突きの連打を繰り出した。またも氷柱が岩石の恐るべき神獣の前に砕け散って行く。ファムもアリッサも、そしてウンディーネ自身も唖然としていた。マロの行動の真意が読めないからだ。

「もう一回、ダイヤモンドミストだ」

「待ってください。ヤケになっていませんかマロ。いくら撃っても無駄です。あなたの魔力を悪戯に消費するだけで、実際には・・・・」

「良いから撃って」

 マロは強い語気で怒鳴った。温厚な彼がこんなに激高するなんて信じられない。ファムは元より、彼と最も長く付き合ってきたウンディーネ自身も非常に驚いていた。


「おっと仲間割れか?」

 ラクトはガーディアンの後ろでせせら笑いながら、二人の言い争いを見ていた。

「撃ってよ」

「ダメです。ここは逃げる方が先決です」

「僕の言うことを聞いてくれないの?」

「ええ・・・・」

 ウンディーネは魔法を撃つ気がない。マロは眼をゆっくりと閉じると、悲しそうに一言。

「じゃあ、契約を破棄するしかないね」

「えっ?」


 夜の町を再び静寂が包んだ。マロの口から出た意外な言葉に、ウンディーネは言葉を失った。いや、それはアリッサやファム、敵のラクトでさえ耳を疑うような発言だった。だが、彼の瞳の輝きは失われてなどいない。この状況に絶望していないのだ。ウンディーネは信じることにした。彼は意味のないことをしない、そしてやけになったり、愚図ったことなど一度としてないのだ。

「分かりました撃ちます」

「ありがとう」

 ウンディーネは氷柱を先程以上の量に増やし、ラクトとガーディアン目掛けて飛ばした。一回、二回、同じ光景が何度も続く、そのうちマロは疲労からか、地面に膝を突いた。


「マロ・・・・」

 ウンディーネは悲しそうにマロを見た。だが彼は笑った。いつもと同じ太陽のように暖かな笑顔を向けた。

「もう、勝ったよ僕達」

 マロは舌をペロッと悪戯でもしたように突き出した。ファムは「マロが狂ってしまった」などと叫んでいるし、アリッサも両手で顔を覆い、目の前の光景を見ていられなかった。

「勝っただと。馬鹿はその辺に・・・・」

 ラクトはガーディアンを動かそうとした。

「ぐう・・・・」

 ラクトは異変に気付いた。ガーディアンの腕がピクリとも動かないのだ。それどころか、自分の腕を見ると、紫色に変色しているし、血がドロドロと地面にまで垂れていた。そして彼はようやく気付いた。マロの思惑に、そして何て残酷なことを思いつくがガキだと、自分の甘さを呪った。


 ガーディアンの手は凍っていた。度重なる超低温の氷を殴り続けた手は、徐々に弱っていたのだ。そして、神獣使いであるラクトも、ガーディアンと心臓を共有しているので、ダメージの一部が自分にも伝わってきてしまう。神獣ならば凍るだけで済むが、生身の人間なら、凍傷で下手をすれば、腕を切断しなければならなくなる。


「ひいい、痛いよ。兄様助け・・・・」

 言いかけたところで、ラクトの足元にナイフが飛んできた。

「自害しろラクトよ。お前の負けだ」

 クロウは冷酷に言い放った。実の弟に発するような声ではない。まるで汚れた物でもみるような残酷な口調で、ラクトを見下ろしていた。

「待ってください。死にたくありません」

「じゃあ、奴を仕留めろ」

「む、無理です、本当に腕が痛いんです」

 ラクトは鼻水と涙で顔をベチャベチャにしながら、地面の上を這った。そしてクロウの足元にすがり付き、彼の右足を掴んだ。

「回復を・・・・」

「無理だ」

 クロウは右足を上げると、思い切りラクトの首を蹴り上げた。彼の首がまるでマネキンのように胴体から離れると、そのまま宙を舞い、地面に無造作に落ちた。ゴロゴロと転がり、その眼は恐怖により引き攣ったままだった。


 クロウはマロを見ると、突然拍手をし始めた。周りの部下達もそれに続いた。

「おめでとう。やはり強者は素晴らしいな。華麗で見ていて気持ちが良い。始めは君を殺そうとして済まなかった。神獣の練習台にしようなんて、とんでもない話だった」

 クロウは足元に転がっているラクトの首を遠くに蹴った。

「どうだね。私のパーティーに加わらないか。愚弟よりも、身の程を知らぬ王女なんぞよりもずっと良い。私の仲間になって共に本懐を遂げようではないか」

 クロウはマロに手を差し出した。

「さあ」

「嫌だよ」

「何?」

 クロウの顔から笑みが消えた。だがマロは構わず続ける。

「それよりも僕の村の人に謝ってよ」

「君の村を襲ったのは、愚弟のラクトだ。私は命じた覚えはない。差し詰め、退屈しのぎにやったのだろう。貧相な村を襲ったとて、利益などないからな」


 クロウは手をひっこめると、マロに背を向けて歩き始めた。

「ああ、ちなみに君のことは良く知っているよ。君の父親と母親についてもね」

「えっ?」

「気になるかな。君の親について話しても良いが、条件があるな」

 クロウは首だけ動かして、マロの方を向いて言った。

「仲間になれってことかい?」

「違うな。実はこれから面白いイベントがあるんだ。それはロストアイランドだ。聞いたことがあるだろう、幾多の神獣使いが、広大な島を舞台に、命がけのサバイバルをするんだ。それに、我々も参加する。そこでだ、君らにも是非参加して欲しいと思っている」

 クロウの発言に、ファムとアリッサは互いの顔を見合わせて恐怖に震えた。ロストアイランドを知らないマロは、何を言っているのか分からないようだった。


「マロ、断るんだ。それが罠だ。ロストアイランドは、その男の言うとおり、命を懸けたサバイバルだ。詳細は詳しく知らないが、命を落とす者も多いという、絶対に行ってはいけない」

「行くよ」

 マロは断言した。ファムは口をつぐんだ。彼には自分とは違う目的がある。人生の重みが違う。それを改めて知ったのだ。幼い頃に両親に捨てられ、見ず知らずの人達に、小さな村で育てられ、その村を奪われて、今、彼にとっては両親を知ることが旅の目的なのだ。最早彼女には止める術がない。

「決まりだな」

 クロウは仲間を連れて消えた。残ったアリッサとファムは、マロを心配そうに見ていた。

「大丈夫だよ。僕は。だってファムとアリッサも来てくれるもん」

「え?」

 二人は石のように固まった。このシリアスな空気ではとても言えないが、話が違う。マロ一人で行くのではないのか、そんな考えが二人の脳裏をよぎった。それを察したのか、マロは不安そうに眉をひそめた。

「ダメ?」

「行く」

 即答だった。美少年に上目遣いで頼まれて断れるはずがない。きっとファムは、針山の上も、チクチクして気持ち良いと言いながら、進んで行くのだろう。

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