ミストの覚醒
ファム達は、円形状の大きな部屋にたどり着いた。そこは何の仕掛けもなく、白い柱が何本か立っているだけの簡素な空間だった。
部屋の中心には、男性の物と思わしき衣服の残骸が残っていた。裾もボロボロで、何かに溶かされたかのように歪んでいた。
「二人とも離れて下さい」
ソルガはファムとマロを柱から離すと、ミストを召喚し、目の前の大きな柱を殴らせた。すると、何かが床に落ちたのが見えた。それは緑色で、スライムと言うよりもヘドロと呼ぶ方が適切に見える奇妙な生命体だった。
「神獣かな?」
マロは生命体を観察しながら言った。しかし彼らの経験上、こんなにも不気味な形状をした神獣など見たことがない。さらにそのおぞましさは、見た目だけではなかった。何と、ミストが砕いた柱に吸い付くと、凄まじい勢いで、その石造りの頑丈な物を溶かし始めたのだ。
「食べているのか・・・・」
ファムは生命体の動きを見て思った。こいつは食事をしていると、ウネウネと不気味な動きで食物を絡め取っているのだ。
「二人ともここは僕に任せて下さい」
ソルガはミストを自分の正面に戻した。緑色の生命体は柱を溶かすと、泥上の体の中から短い触手を2本出すと、それを震わせていた。何かを察知しているのだろう。あの触手はアンテナの役目を果たしているのだ。
「ミスト、そいつを殴れ」
「ウオオォォォ」
ソルガの命令と共に、ミストの拳がヘドロの生命体に向かって振り下ろされた。生命体は上からの圧力で少し潰れたが、そのままミストの拳にくっ付くと、煙を出しながら拳ごと腕を溶かし始めた。
「うぐうううう」
ソルガが自分の拳を押さえて倒れた。
「ミスト・・・・そいつを・・・・振り払え・・・・」
ミストは拳をブンブンと振り回すが、その粘着力は凄まじく、中々手から離れようとしない。そして乱暴に振り回しているうちに、近くにある別の柱に拳をぶつけると、生命体はその柱にくっ付いて、今度はそれを溶かし始めた。
「危なかった・・・・」
ソルガは皮が剝けて、ドロドロになった自分の手を押さえていた。
「どいて」
マロはソルガの隣に立つと、ウンディーネを召喚した。
「ウンディーネ」
「分かっています」
ウンディーネは口から超低温の息を、ヘドロの生命体に向かって吐き付けた。低温世界ではいかなる生き物も存在することはできない。しかしその生命体は特別だった。凍るよりも早く、その氷自体を吸収してしまうのだ。どうやら触れた物体を見境もなく溶かす性質があるらしかった。
「二人とも退いていろ」
ファムは剣を引き抜くと、ヘドロの生命体に向かって振り下ろした。グニュッという生々しい音とともに、その生命体は剣に張り付き、やはりそのまま溶かし始めた。
「き、斬れないなんて・・・・」
「ファムさん、明暗が浮かびました。最も賭けに近いですが」
ソルガはミストを操って、ファムの剣先を拳で圧し折った。同時にヘドロの生命体が、剣を咥えたまま床の上を転がった。そこにミストが待ち構えていたとばかりに拳を振り下ろした。
「馬鹿な、ソルガ危ないぞ」
「大丈夫ですよ。触りませんから」
ミストは直前で、自らの手首を切ると、中から紫色の体液を垂らした。そしてそれをヘドロの生命体に掛けた。
「僕のウイルスの特徴と、あの生物の特徴は表裏一体みたいですよ」
ファムとマロは、ソルガの言葉の意味を理解できなかったが、ヘドロの生命体の姿を見て、ようやく納得した。
ヘドロの生命体は触れたものを何でも溶かしてしまう。そしてミストのウイルスは触れたものを媒介に、無限に増え続ける。つまり、ヘドロの生命体はウイルスを食べ続け、ウイルスはそれに反応して増え続ける。ウイルスもヘドロの生命体も死ぬことはない。ひたすら互いを貪り合うのだ。恐らく、これから100年過ぎようと、はたまた1000年が過ぎようとも、この二つの存在はひたすら互いを喰い続けるのだろう。決してそこに終わりがないとも知らずに。
「これで解決ですね。あの生物を殺すことはできませんが、無害にすることはできました。どうやらあいつ、近くにあるものから、優先的に襲うみたいなんで、ウイルスを喰い切るまでは他の者に迷惑を掛けることはありません。最もウイルスを喰い切るなんて不可能ですけどね。奴は増え続けますから。対象が生きている限りね・・・・」




