恐怖の感触
ソルガは足元に広がる奇妙な感覚に、思わずその場に立ち上がった。マロとファムは気付かずに階段をどんどん上がって行く。彼はふと違和感の感じる右足に触れてみた。何か固い物が付いている。それに気付いた瞬間、彼の右足が階段を降ろうと勝手に動き始めた。
「あ、くそ・・・・」
マロとファムの姿が見えない位置まで来たソルガは、右足を壁にぶつけた。
「ぐ・・・・」
右足にジンジンと痺れるような痛みが走る。しかし今はそれどころではない。ソルガは夢中で右足から、緑色の手を振り落とそうとしていた。
「ミスト・・・・」
ソルガの隣に彼の神獣、ミストが現れた。体は白い包帯に包まれ、包帯の隙間から見える体は黒く傷だらけになっている。
「頼む、こいつを引き剥がしてくれ」
ソルガが命じると、ミストが彼の足に付いた緑の手を掴んで引っ張った。しかしその粘着力は凄まじく、ソルガの足の皮が捲れても、まだ引っ付いているほどの勢いを持っていた。
「うわあああ」
ソルガの右足がさらに階段を降って行った。もうすぐで一階に戻ってしまうところにまで彼は引き摺り下ろされていた。
「や、止めろ。頼む。それ以上は止めてくれ」
ソルガは手足をバタつかせて攻撃から逃れようとした。しかし緑の手は彼を逃がしてはくれない。
「馬鹿め、貴様は余の術中に堕ちたのだ。逃がすと思うか?」
緑の手はまるで意思を持っているかのように喋り始めた。そして彼の足に付いた状態で、大きく飛び上がると、ソルガの体ごと一階の床に向かって落下した。
「このまま、一緒に落ちて死ね」
緑の手は叫んだ。ソルガは落ちながらも何とか、階段に捕まることができた。そしてそれは、まるで崖に捕まるようにフラフラと不安定であった。そこにミストがやって来て、ソルガの腕を掴み、引っ張り上げようとした。
「逃がすか」
緑の手がさらに強くソルガの足に喰い込んで行った。このままでは足が千切れ飛んでしまう。彼は何かを決したように、歯を食いしばりミストの顔を見た。
「これは本来は使うべき力ではない。私の兄を死に至らしめた力だからな」
ソルガはミストの顔をじっとさらに見つめた。
「ここまで距離が空いていれば、マロさんやファムさんを巻き込むことはないだろう」
「な、何を言っている・・・・」
緑の手が動揺していた。しかしソルガの顔からは汗が一滴も垂れていなかった。実に冷静な表情をしていた。
「ミスト、今だ」
ソルガの掛け声とともにミストは彼を引っ張り上げた。そして彼の右足に引っ付いている緑の手を拳で殴った。
何かが砕けるような音、緑の手は急に苦しみ始めると、楼のようにドロドロと溶け始めた。そしてそのまま、ソルガから離れると、下に落ちて見えなくなった。そしてその後、一階から何かが壊れる音が聞こえた。
転生の塔最上階、バレンタインは額に汗を垂らしながら、呼吸を乱していた。それを近くの兵士が心配そうに見ていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大事ない。この通り、右腕は戻って来た」
バレンタインは彼の隣に寄り添っている、色黒の肌をした、白い布を羽織ったような露出の高い服装をした女を見た。年齢は分からないが、少女にも大人の女にも見える不思議な雰囲気を纏っていた。
「メルシーよ。息子の仇を取りたいだろう。余のジャバウォックの顔を貸してやる。奴らを始末して来い」
「はい・・・・」
メルシーと呼ばれた女は立ち上がると、無表情のまま階段を降って行った。




