刺客が来る
紫色の人型の影が手に剣を握り、それをアリッサの頭上に振り下ろそうとしていた。近くの兵士がそれに気付いたのか、彼女を突き飛ばし、代わりに首を斬られた。
「ごふ・・・・」
兵士が首から血を流し地面の上を転がった。
「ああ、そんな・・・・」
状況に気付いたアリッサは慟哭していた。自分の不注意で兵を一人犠牲にしてしまった。しかし恐怖はそれだけでは終わらなかった。
倒れている兵士の影が動き始めたのだ。それは先程のカラスと同じように紫色の人影となり、まるで命を吹き込まれているかのように、剣を抜くと、アリッサに向かって斬りかかってきた。
「アリッサ、気を付けろ」
サラマンダーが叫んだ。アリッサは慌てて、その場にしゃがむと影は通り過ぎて行った。
「このままじゃ、敵が増えて行く一方だわ」
「アリッサ大丈夫だ。神獣の正体が分かった。それはこの村そのものだ。この世には風水ってのがあってだな。物の位置や方角によって、魔法的効果が発生する場合があるんだ。恐らく、これは風水によって成り立っている地形だ。ならば、そいつを変えてやれば良い」
「どうやって?」
アリッサは不安そうにサラマンダーを見た。
「見てろよ」
サラマンダーは口から炎を吐いて、民家を一つ焼いて見せた。
何も村一つを焼き払う必要はない。一つでも建物の位置が変わってしまえば、その効果はなくなるのだ。それと同時に、村を包んでいた怪しげな空気が止んだ。サラマンダーは得意げに、舌をクルクルと巻いた。
アリッサ達がエルムイを目指す一方で、マロとファム、ソルガの三人も転生の塔の最上階を目指して進んでいた。
石造りの螺旋階段を上っていると、三人の前に鉄の扉が現れた。それを開くと、今度は小さな円形の小部屋が現れた。奥には上りの螺旋階段が設置されていた。そして一番下の段には、頭にターバンを巻き、色黒の肌をした男が座っていた。そしてファムが剣を抜いてゆっくりと近付いた。
「悪いがここは通さん・・・・」
「名を名乗れ」
「ジンだ・・・・」
ジンの右腕が、苔のような緑色になっていた。そして手首の部分には大きな一つ目が付いていた。
「何だ、神獣か・・・・」
ファムが思わず後ろに下がると、それを見たソルガが小声で言った。
「あれは、恐らく神獣の一部を、その神獣の契約者から借り受けているんだ」
ファムは眼を閉じた強く念じた。何かに語りかけているようだった。
「ライディーン・・・・」
白い光がファムの全身を包み込んだ。そしていつの間にか銀白色の鎧に身を包んでいた。それはマロのかつて見たライディーンとはあまりにもかけ離れた姿をしていた。
「あれは・・・・」
ジンはポーカーフェイスを崩して額から冷や汗を流していた。明らかに格上の相手であることに気が付いたのだ。あれは昔、彼が母親に読んでもらった絵本に登場したパラディンの姿にそっくりだった。
「どうしたのだ・・・・?」
ファムは怯えているジンの顔を怪訝そうに見ていた。彼は挑発されていても、なおも震えていた。
「ああ・・・・」
階段を上って戻ろうとするジンの頭の中に突然声が鳴り響いた。
「ジンよ。何よ怯えているのだ。貴様が母親を連想する物に恐怖を抱くのは知っているが、貴様には余の、ジャバウォックの右腕があるではないか。貴様はそれを振るうだけで良いのだ。それの何が怖い?」
「いえ・・・・」
脳内で響くバレンタインの言葉に、ジンの表情が元の冷静なものに戻った。そして自身の右腕に装着されているジャバウォックを見るたびに、心の底から勇気が湧いてくる。
「行くぞ・・・・」
ジンはファムに向かって走って行った。




