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バルド共和国

「お願い、私を助けて」

 アリッサはマロとファムに頭を下げた。あの勝気な少女とは思えない姿だった。二人も困惑していた。しかし彼女は続ける。

「私の顔を見て、何処となく高貴な印象を受けない?」

「いえ、全然」

 マロとファムは、まるで鏡のように首を同時に横に振った。どう見ても薬草泥棒の卑しい少女にしか見えなかったのである。

「私はバルド共和国の王女よ。いえ、元王女ね。今や我が国は悪党達の手に落ちたんですもの」


 マロは黙って聞いていたが、ファムは大層驚いたらしく、終始マロの顔をチラチラと見ていた。

「ふふ、そこの女性は知っているのね。まあ、よほどの田舎者でない限り、バルド共和国を知らない者などいないでしょう。本題に入ると、私は父と母と平和に暮らしていたのよ。毎日が天国で、食べたい物は、いくらでも食べられるし、貧困の人もいたけど、私には関係ないし、とても充実した日々だったわ」

「貧困の人はどうなったのよ」

「でもね、ある日、父が妙な連中と付き合いだしたの。そいつらは全身を黒いローブで身を包んでいて、父に変なことを吹き込むのよ。父は奴らを信頼しているから、何でも言うとおりにした。でも結局、父は奴らに暗殺され、私も殺されそうになった。だから、こうやって民に紛れて、奴らに勝てるような強者を探していたのよ」


 マロはアリッサの悲しげな眼を見て、かつて故郷を焼かれた自分を思い出していた。

「そしてようやく会えた」

 アリッサはマロの手を強く両手で握った。

「お願い。虫が良すぎると思うかもしれないけど、助けて欲しいの」

「ちょっと待った」

 ファムがアリッサとマロの間に割って入った。そしてアリッサを睨み付けた。まるで獲物を奪われんとする獣のようにも見えた。

「マロをどうする気だ。彼は私と甘い旅をすると決めているのだ」

「ごめんファム」

「何故謝る」

「僕は、アリッサの国に行くよ」

 ファムは石化した。あまりに失恋が早すぎたからだ。まだ何も始まっていない。一日も経っていないのだ。


「私を捨てるのか?」

「アリッサのパパを殺したのは、僕の知っている人かもしれないんだ。僕の故郷を焼いた酷い人達かもしれないんだ」

「まさか、さっき言っていたボイドのことか?」

 ファムの言葉にアリッサが反応した。

「何故、あなた達は私の父を殺した連中を知っているの?」

 アリッサはあまりの驚きに言葉を失った。ボイドの名を知る者は、世界で自分ただ一人だと思っていたのだろう。

「僕もボイドに村を焼かれたんだ。だから分かるよ。君の苦しみは、それに君の故郷はまだあるんだよね。行こうか、君の故郷に」


「ええ・・・・」

 アリッサは眼に涙を溜めながら頷いた。そしてバルド共和国のある、東に向かって二人で歩き始めた。途中でマロはファムの方を振り返った。

「ねえ、ファムも来てくれたら嬉しいな。ダメかな?」

「行く」

 即答だった。彼に上目遣いで頼まれたら、恐らくファムは地獄の底にでも付いて行くだろう。そして炎の池も涼しいと言いながら泳いで行くのだろう。

「ここから一時間で着くわ」

「うん」

 マロは力強く頷いた。これはアリッサのためだけではない。彼にとっても絶対に譲れない闘いなのだ。こんなにも早く出会える機会が訪れるとは思ってもみなかった。


 三人は荒野を抜けると、森林地帯に入った。長らく殺風景な荒野を歩き続けていたせいか、久しぶりに見る緑は、とても洗練されていた。そしてその森を抜けると、大きな町が三人の眼前に出現した。かつては煌びやかな都会の代名詞であったバルド共和国。しかし今は、見る影もないぐらいに荒れ果てていた。

 まず、城壁が崩れ、外には平気で動物の死骸や糞尿の類が捨ててあった。さらに驚いたのは、誰もそれを見て、気味悪がったり、驚いたりしないことだ。彼らにとってはこれが普通なのだろう。誰もが、死んだような暗い眼つきで、前だけを見て歩いている。


「想像より酷いな」

 ファムは町から漂う悪臭に思わず口を抑えた。それはマロもアリッサも同じだった。三人は門番すらいない町の関門を抜け、建物を見て回った。

「今日は宿屋に泊ろう」

 ファムの提案で、適当な宿に泊まることにした。

「三人用の部屋を頼む」

 宿の中は所々、黒く汚れており、床には埃や苔などが付着していた。三人が案内された部屋は、ベッドが三つきちんと並べられており、天井に開いている穴以外は完璧な部屋だった。

「ベッドが三つか・・・・?」

「何かご不満でも?」

 宿屋の主人が不思議そうに首を傾げた。

「いや、結構だ。ベッドが二つだったら、私はマロと・・・・、いやなんでもない」

 三人は荷物を降ろし、それぞれのベッドに腰を降ろした。何だかんだ、一日中歩きっぱなしだったので、ファムとマロの体力は限界だった。宿から出された軽食を食べると、さっさと眠ってしまった。

 

 部屋の明かりが消えて、バルド共和国の人間達が寝静まった頃、一人だけベッドを離れ、行動を起こそうとする者がいた。

「ねえ、サラマンダー」

「ん、何だアリッサ・・・・」

「行くわよ」

 アリッサは窓を開けると、サッと飛び降りて、宿の外に出た。そして忍ぶように、壁に背を付けて、辺りの様子を伺った。

「来たのかアリッサよ?」

 背後から呼ぶ声、アリッサは振り返った。そこには黒いローブに身を包んだ6人の人間が立っていた。そして全員が全員とも、手を打って、アリッサを迎えた。

「約束通り、連れて来たわよ」

 アリッサは鋭い眼光で、6人の内、リーダー格と思われる真ん中の黒いローブを見た。

「ああ、見ていたよ。なるほど強そうな二人組だ」

 リーダーと思わしき黒ローブは、フードを外して、その素顔を晒した。

「お前は私の期待に応えてくれたな」


 フードの中から出てきたのは、黒い長髪を眼前に垂らし、片目を隠している男だった。肌は白く、眼は赤色で、妖しく光っていた。そして涼しげな笑顔を浮かべている。

「クロウ」

 アリッサは男の名を呼んだ。

「約束は果たすさ、この国はお前に返そう」

「ありがとう。ところで、あの二人はどうするの?」

 アリッサの言葉に、クロウは優しくニコッと微笑んだ。そして妖しげな色気を含んだ、小さな声でこう言った。

「殺す」

「何故・・・・?」

「我々は強くなりたいのだ。そのためには、強者を倒していかねばならない。一人の強者と比べれば、国など安い物よ」

 クロウの言葉に、アリッサは怯えたように後ずさった。

「悪党ね」

「君に言われる筋合いはない。国を取り戻して欲しいなどと、甘えておいて、せっかく知り合った良い仲間を、売ろうとしているではないか」

「くっ・・・・」


 アリッサが黙り込んでいると、クロウの背後にいた黒ローブの一人が、彼の前に立った。

「クロウ様、この小娘を処刑なさるおつもりならば、是非この私に・・・・」

「良かろう。好きにしろ」

 黒ローブは同じくフードを取った。そして素顔を月光の下に晒した。

 顔の額から口元まで、斜めに切り傷の入った、豪快な見た目をした男だった。手には剣が握られており、柄の部分に宝石などの装飾が施されていた。男は剣をアリッサに向けた。

「許すせ小娘よ。クロウ様はお前を助けるつもりだったが、人を騙すような輩は嫌いだそうだ。よって処刑だ」

「うう、良いわ。でもこの国は、私の家だけは返して」

 アリッサの眼から涙が零れ落ちた。それは彼女の頬を伝い、顎を湿らせた。だが目の前の男は、残酷にも首を横に振り、剣を構えた。

「やめろ。ギルガ」

 クロウが目の前の男の名を呼んだ。男は、さっきまでの臨戦態勢は何処へやら、剣をしまい、後ろに下がった。

「邪魔者が入った」

 クロウが視線を右に移すと、そこにはパジャマ姿のファムと、同じく手に杖を携えたマロが立っていた。

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