ファムの秘策
ファムとクルト、二人の戦士が今、コロッセウムの真ん中で対峙していた。今、もう一つの準決勝が始まろうとしていた。
「ファムの奴、何で笑っとるんだ?」
ファムの父は、娘がさっきから、ずっとにやけているのを見て不審に思っていた。
「フフ、クルトよ。悪いがこの勝負はもらったぞ」
ファムは、彼女らしくなく大胆なセリフを吐いた。それを聞いていたクルトの顔が僅かに歪んだ。
「御託は止めてくれ、試合を始めよう」
試合が始まった。この闘いを制した者が決勝戦で、カイザーと優勝を競うこととなる。
「喰らえ」
ファムはポケットからオレンジを3個出すと、それをクルトの周りに投げた。
「何だ?」
会場中が異様な雰囲気に包まれた。彼女は気でも触れてしまったのかと、誰もが不安そうな眼でファムを見ていた。それはクルトも同じだった。彼女は真剣勝負を何だと思っているのか。彼は強い怒りを覚えていた。
「ファムとやら、いい加減にしろ。ふざけているのか、私は眼は見えぬが、その分、耳と鼻が常人よりも遥かに優れている。少しでも我が間合いに入れば、お前を真っ二つにもできるのだぞ」
「分かってるわ。だから今、斬られに行ってあげる」
ファムはクルトに向かって走った。彼は自分の周囲から、3mまでの位置が、攻撃の間合いとなっている。彼女は現在4mにいる。下手をすれば、そのまま切り捨てられてしまう危険も十分にある。特に彼女の父親は、気が気でなかった。勘当した娘ではあるが、やはり子供に変わりはない。早く降参して欲しいと思っていた。
「これでどう?」
ファムが射程に入った。クルトは今だと思った。オレンジを投げたのは匂いをかき消す為だったのだろうが、そんなものは私には効かない。私にはこの聴覚がある。踏み込みの音で分かる。クルトは心の中でそう呟いていた。そして彼女の姿を心の眼で捉えた時、彼はいつも通りに素早く剣を抜き取った。そして眼にも止まらぬ速さで、カタナを横に薙ぎ払った。
「終わったな」
確かな手応え、カタナがファムの首を綺麗に跳ね上げた。彼女の血飛沫が体に掛かる。僅かに冷たい。そして彼は心の中で思った。これだから人を斬るのは止められないと。そして勝ち名乗りを上げるべく、立ち上がった。
会場は騒然としていた。誰もが言葉を発さないところを見ると、よほど酷い死に様なのだろう。クルトは唇にまで掛かった。彼女の返り血を舌で舐め取った。
「ん?」
彼女の血はほんのりと甘い。しかし血液というものは、本来は鉄の味がするはずだ。それは血液が鉄を含んでいるからに他ならない。しかし甘いとはどういうことだろう。それも柑橘系の爽やかな甘さだ。
クルトは状況をようやく呑み込んだ。見物客達が驚いているのは、自分が彼女を一撃で仕留めたからではない。自分が彼女に背後を取られているからだ。全くこれは予想外だと、クルトは思った。
今、クルトの首筋には冷たい金属の刃が押し当てられている。恐らく、少しでも抵抗すれば、首が吹っ飛ぶのは時分だろうと彼は悟った。
「私の勝ちだ」
背後から女性の力強く澄んだ声が聞こえた。
「まさか、油断したぞ」
「オレンジであなたの嗅覚を奪い、その後は、あなたの間合いに入ると同時に、オレンジをさらに投げたのよ。オレンジの風を切る音を、私と勘違いしたみたいだけど、この勝負はもらったわ」
クルトはカタナをしまうと、自嘲気味に笑った。
「遊び半分の相手に負けるとはな」
「遊び半分じゃないわ。ここまでしなければ絶対に勝てない相手だった。あなたは強すぎるわ」
ファムは静かに会場を後にした。




