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炎のサラマンダー

「ちょっと待て。仇討ちとはどういうことだ。君のような少年が、そんな物騒な・・・・」

 マロは悲しそうに空を見た。そして静かに語り始めた。

 マロは小さな山村、マハラトに住んでいた。そこは緑の山々に囲まれ、争いという言葉が存在しない世界だった。彼は赤ん坊の頃、両親に捨てられ、マハラトの村の門前で泣いているところを、村の人間に見つかり、育てられることとなった。両親の名も顔も知らない彼だったが、それを引け目に感じたことなど一度もなかった。村の人々は家族であり、彼の財産だった。しかしその幸せはいつまでも続かなかった。彼が7歳の誕生日を迎えたある日、村が戦火に包まれたのだ。


 老人も若者も関係なく、マロ以外の人間は全て殺された。奴らはボイドと名乗った。黒ずくめで顔も性別も分からない、謎の集団ボイドは、焦土と化した村で、幼いマロに言った。

「悔しかったら奪い返せ」

 その後、マロは村を離れ、水の神獣ウンディーネの眠る神殿へ行き、試練を乗り越え、ウンディーネと契約したのだった。


「そんなことがあったのか・・・・」

「うん、だからね。僕は泣いちゃいけないんだ」

 マロは言いながら、一人で歩き始めた。その後をファムが追う。そして後ろからマロの小さな体を抱きしめた。

「もし泣きたい時があったら、私に甘えると良いぞ。ギューッとしてやる」

 ファムは笑った。赤く長い髪が風に揺られた。鎧で身を固めているというのに、その姿はまるで聖母のようにも見える。ただ、鎧を着ているため、抱きしめられてもマロにとっては痛いだけだった。

「さあ、行こう。もうすぐで村に着くよ」

 マロとファムは草木の一本も生えぬような荒野を抜けて、ようやく小さな村に到着した。


 村の中には、道具屋に武器防具屋、そして簡素な宿屋があった。一応村としては最低限のものが揃っており、ここを拠点に出来なくもない。

「念のため薬草でも買おうか」

 ファムは道具屋に行き、店主に3枚の金貨を渡した。そして薬草を受け取ろうと手を伸ばしたその時だった。パッと目の前で薬草が消えた。振り返ると、褐色肌に、茶色のおかっぱ、そして頭に真っ赤なリボンを付けた、少女らしき者の後ろ姿が見えた。手には今買ったばかりのファムの薬草が握られていた。

「や、やられたわ・・・・」

 思わず地面に座り込むファムだったが、せっかく買った薬草をみすみす譲るわけにもいかない。すぐに走って追いかけた。

「こんの、ドロボー猫」


 ファムは叫びながら、少女を追いかけた。少女はファムの方を振り返ると、指で眼の下を引っ張り、いわゆるあっかんベーをした。

「生意気な、お姉さんを怒らせたな」

 ファムが走っていると、丁度マロが町角から出てきた。手には黒いパンが握られている。

「マロ、その娘を追いかけて、薬草取られたわ」

「分かった」

 マロは杖を地面に思い切り突き刺した。

「ウンディーネ」

 水の神獣ウンディーネが現れ、両手から氷の塊を生成すると、それを少女の目の前に降らせた。

「あっ」

 少女は思わず立ち止まった。目の前が氷で塞がれたのだ。そしてファム達の方を振り向いた。

「何さ」

 少女は不機嫌そうにファムとマロを睨み付けている。眼は上に釣り上がっており、見るからに気の強そうなツンと済ましたような顔をしていた。服装は黒いレオタードのような露出の多い服と呼ぶのも怪しい装備で、肩や足首を露出していた。


「それ、返してよ」

 ファムが手を出して、少女から薬草を取り上げようとした。少女は口元を歪めて不敵に笑うと、それを頭上に放り上げた。そして指をパチンと鳴らした。すると薬草が黒く焦げ、あっという間にただの灰になってしまった。

「あっ・・・・」

 ファムは地面に膝を突いた。そして年甲斐もなく、ボロボロと涙を流した。それを見た少女は、小馬鹿にしたように笑っていたが、マロは鋭い眼差しで、少女をじっと見ていた。

「何よ?」

 少女はマロと正面に対峙した。そして右手をマロの前に突き出した。

「燃えろ」

 少女から発させられたとは思えないほどに冷酷な声で言うと、マロの体を炎の渦が包み込んだ。

「くうう」

 マロは腕や足を炎が焦がす。

「ウンディーネ、お願い」

 マロの背後にウンディーネが現れる。そして彼の周囲に小さな雨を降らせた。そして炎を消していく。


「ちっ・・・・」

 少女は舌打ちをすると、再びマロに攻撃を加えようとした。しかしそれをウンディーネが止めた。

「お止めなさい。この子はあなたと闘うために来たのではありません。彼女の薬草を弁償しなさい」

 ウンディーネはマロ以上の鋭い眼差しで、少女を睨み付けた。すると少女の背後に炎の柱が出現した。

「うるせえぞ。ウンディーネ。殺り合いたい奴らの邪魔すんじゃねえよ」

 彼女の背後から炎に包まれた巨大な蜥蜴が現れた。そしてファイヤーパターンの形をした舌を尖らせた。


「あなたはサラマンダ-ですね。何故こんなところに・・・・」

「それはこっちのセリフだぜ。お前こそ弱そうなガキと組んで、可哀想だな。契約者がそんなガキでよお」

 サラマンダ-は舌を出して笑った。ファムは二つの神獣を交互に見比べた。

「何よこれ・・・・」

 ウンディーネは髪を掻き上げると、相手を馬鹿にするように笑った。

「あなたこそ、そんな盗人の少女と契約して可哀想に、マロはあなた方とは違って清い心の持ち主。あなた方とは違うのよ」

「んだと、言ったな。俺のアリッサだってな、根性の座った奴だぜ」


 神獣の同士の喧嘩など、そう見れるものではないだろう。しかしその意地の張り合いが、契約者にまで及んでしまうのだから、たまった者ではない。

「さあ、マロ、あの蜥蜴を早く黙らせましょう」

「アリッサ、あのバカ女を蒸発させちまえ」

 アリッサは小さく頷くと、両手を組んで叫んだ。

「フレイムタン」

 サラマンダ-の舌が伸びた。そしてウンディーネの周りをグルグル取り囲んだ。

「マロ、魔法を・・・・」

「仕方ないよね。闘うしかないんだよね」

 マロは覚悟を決めたように杖を振り上げた。

「ダイヤモンドミスト」

 ウンディーネの周りに白く冷たい霧が立ち込める。そしてサラマンダ-の舌を凍らせた。

「何?」

 サラマンダ-は舌を戻そうとするが、既に凍った舌を引き戻すことは容易ではない。寧ろ、舌から体にまで氷が侵食してきた。そしていつの間にか、サラマンダ-自体を、氷のオブジェに変えてしまった。


「サラマン・・・・」

 言いかけたところで、アリッサは血を吐いた。

「ゲホ・・・・ゲホっ」

 耐え切れず、膝を地面に付けた。苦痛に彼女の愛好ある顔が歪む。

「ねえ、ウンディーネ。あの娘が苦しんでるよ」

「ええ、神獣と契約者は一心同体、契約の際に心臓を共有するのです。だからサラマンダ-のダメージの一部が、彼女にも伝わっている。このまま戦闘を続けると、彼女は死にます」

「そんな・・・・」

 アリッサは何とか立ち上がると、虚ろな目でマロとウンディーネを睨み付けた。そして血の混じった痰を地面に吐いた。

「はあ・・・・はあ・・・・」


「一体、彼女の戦闘意欲は何処から来ているのでしょう?」

「分からない。だけど、あの娘は何か事情があるんだと思うな。だからもう良いでしょ。僕は闘いたくないよ」

「私も同感です。では魔法を解きます」

 ウンディーネは周囲の霧を全て吸い込んだ。すると、氷のオブジェと化していたサラマンダーが、自らの体温で氷を溶かした。

「がああ、死ぬかと思ったぜ」

 サラマンダーはアリッサの後ろに隠れた。

「何してるのよサラマンダー。奴らを早く倒して」

「無理だぜアリッサ。あいつらは俺達を殺さなかった。負けたんだよ。俺もお前も」

「そんな・・・・」

 アリッサはサラマンダーを消した。同時にマロもウンディーネを消す。ファムはアリッサに近寄ると、白布切れを渡した。

「ほら、これで口拭きなよ。血がまだ付いてる」


「ありがとう・・・・」

 アリッサは口を布切れで口を拭くと、それをファムに返した。

「できれば洗って返して欲しかったな・・・・」

 アリッサはマロに近付くと、彼の手を握った。

「あんた、強いのね。何でそんなに強いのに、あの時、私を助けてくれなかったの」

「えっ?」

 アリッサは寂しそうに空を見つめた。その姿は故郷を焼かれたときのマロに非常に似ていた。そして彼女は静かに語り始める。それはマロとファムをボイドとの闘いへと導くことになるのであった。

 



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