破滅と再生へ
ブラスト家、古来から存在する騎士の名門である。この世に存在する騎士の約8割はこのブラスト家の流儀、技、精神の影響を受けているという。ファム・ブラストはその家の長女である。一年前に家を飛び出し、行方不明となっていたが、マロやアリッサの出会いにより、自身の宿命に向き合うべく、再び故郷に戻って来た。
「マロは元気してるだろうな」
マロと別れた後、アリッサは自身の国、バルド共和国を再興すべく戻った。盗賊達によって、踏み荒らされた国は、簡単には戻らないだろうが、母と協力して、必ず昔の華やかな国へと戻すと決意していた。
出会った人間達が決意を固める中、ファムは孤独だった。故郷から逃げ、旅に出ても、結局は逃げたという後ろめたさは永遠に残るのだ。だから彼女は自分の因縁に決着をつけるために戻って来た。
「おい、そこの」
背後から呼び止められた。山賊の類かと半ば呆れ気味に振り返ると、何と目の前にいたのは、自分の体よりも大きな斧を持ち、髪を後ろで一本に結んでいる、マロと同じぐらいの年齢の少女だった。彼女は革製の服に身を包んでおり、紙もチリチリに乾燥していた。恐らく高貴な生まれではないだろう。困窮している様子が表情にも出ている。
「私に用があるのか?」
「へへん、お前は金持ちそうだな。命が惜しくば、その銀色の高価そうな鎧と、剣を置いて行け」
少女は勝ち気な性格のようだ。その表情は自信に満ち溢れている。
「悪いが断る」
「何だと・・・・」
少女は斧を振り回すと、ファムの右頬に刃の先を当てた。冷たい金属の感覚が皮膚を刺激した。
「本気で斬るつもりか?」
「あ、当たり前だろ」
ファムの眼が暗くなった。それは明らかに闘いの眼だった。
「分かっているのだろう。私を殺すつもりで来るのなら、私がお前を殺しても良いということだからな」
ファムは足で斧を蹴り上げると、素早く剣を抜いて、少女の首筋に当てた。
「あ・・・・」
少女の顔が恐怖に強張った。殺される。彼女の頭をその言葉が支配していた。しかしファムは、その表情を見て満足したのか、剣を鞘に戻すと、少女を無視して歩き始めた。
「おい、オラを殺さんのか?」
「もう、死ぬほどの思いをしたのだから、それで良い。二度と盗賊の真似事はやめろ。いつか死ぬぞ」
「待ってくれ。オラの名は、アルアだ。あんたの名前を教えてくれ」
「ファムだ。ファム・ブラスト」
ファムは一度だけ振り返って告げると、そのままアルアの前から姿を消した。
ファムの生家、ブラスト城は、険しい山のふもとにある。その山をグレンマウンテンと言う。険しい山々を乗り越えるのは、一日では不可能であり、不安定な吊り橋に、崩れやすい崖、正に天然の要塞という言葉がこれほどまでに相応しい場所はないだろう。グレンマウンテン自体、とても面積が広く、様々な地域を結ぶ、いわば中継地点とされている場所だ。
ファムは三日かけて、グレンマウンテンのふもとまで来ると、ようやくブラスト城門まで辿りついた。周囲は白い霧で一日中覆われており、その標高の高さから、酸素は薄く、また高山病になる者も多い。
「帰ったぞ」
ファムが城門を叩くと、重苦しい音を発しながら、扉が開いた。そして彼女を招き入れた。
城内にはいくつもの武器が飾られており、どれも大変美しい造形をしていた。兵士達によって、王室まで招き入れられたファムは、膝を突いて、玉座の前に腰を落とした。
「久しぶりだなファムよ」
玉座にはファムの父が座っていた。黒い口髭を蓄え、それが顎の下まで伸びている。眉間には皺が刻み込まれており、彼の厳しい人柄を良く表していた。
「父上、お久しゅうございます」
「今更、何のようだ?」
ファムの父は不機嫌そうに葉巻に火をつけた。そして白い煙を吐くと、それが輪っかの形になっていた。
「父上に話があります」
「おっと、その前にお前に渡した。バルムンクを返してもらおうか。あれは我が家の宝だ。歴代当主が所持する決まりとなっている。もうお主は当主とは認めんから、それは返して貰わねばな」
「私はブラスト家の長女です」
「知っているわ。だが、もう次の当主には当てがある」
「え?」
ファムの父は壁に貼ってあるビラを指した。そこにはこう書かれていた。ブラスト家当主継承戦開幕。各国の有名騎士達が集結。トーナメント方式で覇を競う。優勝者にはブラスト家当主の座と共に、金一封も付いてくる。などと書かれていた。
「父上よ、少しミーハーすぎやしませんか?」
「仕方あるまい・・・・」
「しかも、強ければ誰でも良いわけがありません。ブラスト家と何の関係もない者が、家督を継ぐなど・・・・」
「ふん、唯一の跡取りが消えたからの」
ファムとしては耳が痛い言葉だった。自分の好き勝手な行動によって、家族全員が迷惑している。ブラスト家存亡の危機まで迎えているのだ。
「わ、私が当主になります」
「それは認められん。あの大会で優勝しない限りはな」
「ちょっと待ってください。私は正真正銘のブラスト家の長女ですよ」
「もう、開催しちゃったもん」
「だったら、せめてシード枠で、決勝戦で私と闘って勝った奴が優勝みたいな・・・・」
「無理じゃな」
ファムは結局、王室を追い出されてしまった。途方に暮れる彼女の前に、黒いスーツを身に纏った眼鏡の男性が現れる。髪を前にきっちりと切りそろえ。知的で端正な顔立ちをしていた。
「お、お嬢さま・・・・」
「ああ、マルクじゃないか。久し・・・・」
言い終える前にマルクはファムに抱きついていた。そして周りの眼も憚らず、外見的に20代だと推定できるが、そんな様子など微塵も見せずに、彼女の胸に顔を埋めると泣いていた。
「ああ、お嬢様ああああああ。よくぞご無事で。このマルク。お嬢様の身に何かあったらと、毎日夜も眠れずにおりました」
「そ、そうかマルクご苦労だったな・・・・」
ファムは強引にマルクを引き剥がすと、彼の額には血が付いていた。無理もない。鎧を着たままのファムに顔を擦りつけているのだから、おまけに眼鏡も外れていた。
「ありがとう。お前だけだ。私の帰りを歓迎してくれているのは」
「いえいえ、皆、心配しておりました。そしてこれで下らぬ大会など開かずに済みます」
「いや、それがなあ。父は大会を本気で開くつもりらしい。当主の座が欲しければ、私に優勝しろと言うのだ」
「何と、しかし大会に出場するには、ブラスト城の近くにある、破魔の洞窟で、試練の証を持って来なければなりませんよ」
「そんな決まりがあるのか」
破魔の洞窟は、ブラスト家の先祖達が眠る、いわば墓場も兼ねている。しかしその実態は騎士の修練上である。一人で入ることはできず、必ず三人でパーティーを組まなければならないのだ。
「待て、お前と私以外に協力者は?」
「いません。他の連中は、申し上げにくいのですが、お嬢様に興味を失くされ、大会のことばかり話題にしております」
「お、終わったな・・・・」
ファムはいつになく風が冷たく感じた。彼女の試練は長そうだ。




