暗黒のウォーム
ファムとギルガとの勝負は、ファムの方に軍配が上がった。そして今、次に闘うメンバーをそれぞれが決めていた。
「済まない、二人とも、私が全部倒すつもりだったが、流石に厳しいみたいだ」
ファムは肩で息をしながら、土の上に座り込んだ。アリッサはまだ、先程の恐怖が消えないのか、アイルという金髪の少女をチラチラと見ていた。そして彼女と目が合うと、彼女はニコッと微笑みかけてきた。アリッサはすぐに目を伏せた。
「次は僕が出るよ」
アリッサを気遣うマロだったが、彼女はそれを止めた。
「私が出るわ」
「大丈夫か?」
ファムが心配そうにアリッサを見つめる。しかし彼女は、先程までの恐怖を微塵も感じさせないような、強気な表情で、前へと歩いて行った。それがやせ我慢であることに気が付かないほど、マロとファムは愚かではない。しかしここで彼女を止めることは、彼女のプライドを傷つけてしまうことも知っていたので、あえて黙っていたのだ。
「さあ、私の相手は誰?」
アリッサは震えを押さえながら精一杯に意気込んだ。
「私よん」
現れたのは、金髪の少女、アリッサが最も恐れているアイルだった。彼女はアリッサの青い顔を見ると、楽しそうにクスリと笑った。
「怖いの?」
「怖くないわ」
アリッサの周りに炎の柱が舞った。中から真紅の肌をした巨大な蜥蜴、サラマンダーが現れた。
「さあ、行くわよ」
アリッサの掛け声とともに、サラマンダーの炎の舌が伸びる、そしてアイルを雁字搦めにしようと、彼女の元に、一直線に向かって行く。
「ロードウォーム」
アイルの言葉と共に、彼女の足元に黒い穴が出現した。そして吸い込まれるように彼女は、その穴の中に入って行った。
「ああ・・・・」
それは先程の金髪男を殺した時のものと非常に似ていた。アイルが穴に入ると、穴が閉じられ、元の土に戻った。
「消えたわ」
アリッサは周囲を見回した。すると彼女の頭上に突然、先程の黒い穴が出現した。そして中からあのグロテスクな、赤黒い肌をした巨大な芋虫、ロードウォームの頭部が、アリッサの目の前に現れた。そしてその大きな口からは、鋭利な歯がいくつも飛び出ている。
「アリッサ、避けろ」
サラマンダーは舌をアリッサの腰に巻き付けて、自分の元に引き寄せた。ロードウォームは再び黒い穴の中に消えていった。
「はあ・・・・はあ・・・・何よあれ」
「気を付けろよファム。あの神獣はマジでヤバイ」
しばしの静寂、アリッサとサラマンダーは互いの背中を突き合わせ、敵の奇襲に備えた。
「くそ、何処から来るんだ」
サラマンダーは眼をグリグリと動かして、周囲を見張った。何も不審な様子は見られない。その時だった。サラマンダーの目の前に黒い穴が出現した。そして中から双眼を鋭く光らせたロードウォームの姿が見えた。
「アリッサ逃げろー」
サラマンダーは叫ぶと、尻尾を振り上げて、アリッサの背中を思い切り突き飛ばした。
「あう・・・・」
アリッサの体が宙を舞い、背中を強く地面に打ち付けた。そして口から酸素を吐きだして気を失った。サラマンダーは、舌を伸ばすと、その黒い穴に舌の先端で触れた。
「ぐあああ」
サラマンダーの舌が穴に触れた瞬間、その真紅の舌が穴の中に引き摺られるように、触れた部分だけが綺麗に消滅した。
「あ・・・・あ・・・・」
サラマンダーは急いで黒い穴から離れると、口を開けた。何と彼の自慢の舌が、影も形もなく、まるで始めから存在していなかったかのように、口内には白い歯だけが残っていた。
「どうよ。私の神獣は」
ロードウォームの背にはアイルが乗っていた。彼女はクスクスと静かに笑うと、急に鋭い眼つきになった。
「さあ、まずはあの娘から消すわよ」
アイルの言葉にロードウォームは金切り音のような声を上げると、サラマンダーを無視して、地面の上で気絶しているアリッサの元へ、地面を這いながら向かった。
「させるかー」
幸いロードウォームは機動力に欠けている。サラマンダーは簡単に追いつくと、ロードウォームの目の前に立った。契約者のアリッサが気絶しているために、魔法を使うことはできない。つまり得意技のフレイムタンを撃つことができないのだ。
「くそ、済まねえ・・・・アリッサ」
ロードウォームの巨大な口がサラマンダーを一息に呑みこんだ。そして倒れているアリッサも一緒に、自らの体内に取り込んでしまったのだ。
アリッサの姿を見ていたマロは、思わず杖を片手に飛び出した。
「アリッサ」
マロは杖を振り回し、アイルに跳びかかろうとするが、それをウンディーネに止められた。
「ダメですマロ」
「何でさ?」
「今はアイルとアリッサの戦いです」
「でもアリッサは・・・・」
マロはアイルとロードウォームを見た。アリッサとサラマンダーは神獣によって丸呑みにされてしまった。だが、アリッサとサラマンダーは死んではいなかった。ウンディーネは気付いていた。アリッサの魔力がまだ尽きていないことを、サラマンダーの生命力がまだ残されていることを・・・・。




