終焉の時
アンジェリカは気付いた。背後の少年の存在に。そして宙に浮いて、少年から距離をとった。
「お前は、確かマロとか言う・・・・」
「やあ、僕はマロだよ。今から君を倒して、皆を救う」
「救うだって。上等な話だ。世界を救っているのは私だ。お前じゃない。この私だ」
アンジェリカは空中から光線をいくつも同時に発射すると、それらはマロの方に向かって飛んで行った。
「アブソリュート」
マロが叫ぶと、黒い人型の神獣、アブソリュートが出現し、光線を全て弾き飛ばした。
「かかったな」
マロの背後にアンジェリカが出現した。彼女はアブソリュートが光線を弾くのに夢中になっている間に、マロの所に移動していた。それは光と同じ速度だった。彼女は手を上げると、手刀でマロの首を掻っ切ろうとした。
「うあああああ」
マロは後ろを向くと、アンジェリカに向かって頭突きをした。しかし彼女の体はまるでガスのように、それをすり抜けて、彼の元から離れて行った。
「はあ・・・・はあ・・・・」
マロは呼吸を乱していた。アンジェリカはあまりにも速く。アブソリュートを持ってしても、瞬時に彼女の位置を把握することはできない。対する彼女は余裕の表情を浮かべており、そこには神であるという自信が感じられた。
「遊びは終わりだ。神の裁きを受けよ」
アンジェリカの周囲から、先程と同様の金色の光線が何本も放たれた。
「くっ・・・・」
光線は全部で8本ある。アブソリュートで弾くのは容易いが、それでは前と同じように、アンジェリカに背後を取られてしまう。しかし、片手間に防げるほど光線の嵐は弱くはない。1本、1本が確実にマロを殺そうとしている。
「アブソリュート」
アブソリュートは飛んで来た光線を弾き返そうと身構えた。そして最初の一本が射程圏内に入ったその時、光線がグニャリと曲がった。そして屈折しながら、マロの脇腹を削り取った。
「ごふ・・・・」
マロは体勢を崩すと、それによってアブソリュートも膝を突いた。そこに別の光線が同じように、屈折しながらマロに向かって来た。
「ファム、アリッサ・・・・」
マロの体をいくつもの光線が貫いた。
「・・・・」
マロはそのまま後ろに倒れると、そのまま動かなくなった。漆黒の空間に静寂な空気が流れる。アンジェリカは指を降ろすと、眼に涙を浮かべていた。
「や、やった。ついに、あはは、ついにやったのだ。これで世界が救われる。私の努力で、多くの人々を幸せにできる」
アンジェリカの言葉を遮る者はいない。残っているアリッサも、最早、彼女の敵ではないだろう。せめてもの温情として、彼女が意識を取り戻す前に殺す。それがアンジェリカの最後の使命だった。
「っふふふふ」
笑いが止まらなかった。最後に、勝利の雄たけびを上げようとアンジェリカは思った。子供染みていて、どうにも恥ずかしいが、猿から進化して生まれた人間だ。最後に原始に変えるのも悪くはない。はしたなく、言葉にならない歓喜の叫びを上げよう。彼女は唾を飲んで、腹に力を込めた。そして声を発しようとしたその時。彼女の首が何者かによって掴まれた。
「うぐうううう」
喉からはヒューヒューという呼吸音しか出てこない。アンジェリカの体が僅かに浮いた。彼女を掴んでいたのは、アブソリュートだった。
「うああ・・・・」
アンジェリカは指をアブソリュートに向けようとした。しかし、その直後に彼女の顔面に、アブソリュートの拳がめり込んで、彼女の動きを止めた。
「がはああああ」
アンジェリカは鼻血を吹き出しながら、倒れると、そのまま仰向けの状態で、アブソリュートに首を掴まれた。
「や、やめ・・・・」
「終わりだ」
「や、やめろおおおおお」
「終わりなんだ」
「わ、私を殺すのは諦めろ。そんなことをしたら、世界が消滅してしまう。新世界が生まれなくなるということだ。せめて新たな世界を造ってから死なせてくれ。世界をリセットしてしまった以上、後には引けない」
アンジェリカの両目から止めどなく涙が溢れ出ていた。
「僕がなる。僕が世界を造り直す。でも、それは君の世界とは違う。今までと同じ、理不尽で退屈だけど、僕の大好きな世界を造り直すんだ」
アブソリュートの拳がアンジェリカの顔面を砕いた。アブソリュートは、あらゆる概念を無に帰す能力を持っている。相手が台風であれば、そもそも台風など存在しなかったこととしてしまう。アンジェリカという存在は、世界から追放されたのだった。




