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女騎士は美少年を愛してる  作者: よっちゃん
ロストアイランド編
12/121

浸食する毒

 ギルガの元にゆっくりと、全身を白い包帯で包んだ、ミイラとも呼べるような神獣ミストが近付いてきた。包帯の隙間からは、黑く爛れた皮膚がチラッと見える。そして瞳は充血し。涙のように赤い液体を、ダラダラと垂れ流していた。

「何だ・・・・?」

 ファムは、見る者に生理的な不快感を与えるであろう、ミストの容姿に、思わず後ろに下がった。そしてミストの足元を、一匹のリスがトコトコと通り抜けた。


 リスはミストの近くに行くと、急に苦しみ始めた。爪で自分の皮膚を引っ掻き、何かから逃れるように悶えていた。さらに皮膚には赤い発疹がポツポツと現れ、目や鼻、口などから真っ赤な鮮血を垂れ流した。そのまましばらくして、リスは動かなくなった。

「ああ・・・・」

 ファムとライディーンは驚愕の表情でリスの死骸を見ていた。少なくとも、神獣が何か攻撃したという形跡は見られない。逆にそれが不気味だった。ミストは口元から涎を垂らし、小さく呻き声をあげた。

「くそ、闘うぞ」

 ファムが剣を強く握りしめると、ライディーンも槍を構えた。そして彼は槍同士をクロスさせ、真空の刃を発生させた。

「鎌鼬」

 まるで意思を持っているかのように、鎌鼬は空を切り裂きながら、ミストの元へ向かって行った。ミストはしばらくフラフラとしていたが、鎌鼬が近くまで来ると、突然、その場でバク転をして、それを避けた。


「見た目とは裏腹に随分と身軽だな」

「いや、あいつ、恐らく目が見えていない。さっきからフラフラと、まるで音を頼りにしているみたいだ。事実、私が放った鎌鼬の存在を近くに来るまで、気が付かなかった。音が聞こえたので気付いたのであろうな」

 ミストは地面に這い蹲りながら、蜘蛛のように四足歩行で、ギルガの背後に付いた。

「ようやく来たかミストよ。さあ、要らぬ犠牲を出さぬうちに奴らを倒せ」

 ギルガが命じると、ミストは嬉しそうに咆哮した。そして耳を澄ませて、首を周囲に振った。

「やはり音が頼りか」

「でも、音が頼りだとして、さっきのリスは一体どうしてあんなことに・・・・?」

 二人の疑問はすぐに晴れることになる。ミストは地面を蹴って跳躍すると、ファムとライディーンの顔面に両膝で蹴りを加えた。

「ぐ・・・・」

「痛・・・・」

 ファムとライディーンは背後に倒れた。ライディーンは槍を地面に突き刺し、何とか踏み留まると、隣で倒れているファムの顔を見て、驚愕した。


「ファム。顔が・・・・」

 ファムの顔に、さっきのリスと同じ赤い発疹が浮き出ていた。そして彼女の顔が熱を持ち始めた。呼吸が荒くなり、まるでそれは伝染病のようだった。

「くあ・・・・、どうしたんだ私は、頭が割れるように痛い。おまけに吐き気もする。どうなってるんだ」

 ファムはぼんやりとした視界の中で呟くと、ライディーンに肩を貸してもらい、何とか両足で立つことができた。しかしその体は張りぼてのように、風が吹けば簡単に飛んでしまいそうなほどに、衰弱しているように見えた。

「これがミストだ・・・・」

 ギルガは岩に腰掛けながら言った。

「ミストは、かつて人間だった。名医で、病気の研究をしているうちに自らもその病気に感染し、死んだという伝説がある。そして病気を解明できなかった悔しさから、神獣となり、病原菌を無意識に振り巻いてしまう、悲しい神獣だ」


「何が悲しいだ・・・・」

 ファムは喋るのもやっとと言った感じで、口から痰と血の混じった物を、地面に吐いた。

「ミストのウイルスは魔法でできている。なので私を倒せば治癒する。しかしウイルスはこの世で最強の生物だとは思わないか。霊長の頂点に立つ人間が、ドラゴンやデーモンよりも小さなウイルスによって、苦しめられ、命を落としている。人間は眼にも見えない、塵のような存在に怯えているわけだ」

「何が言いたい?」

「別に他意はない。しかしこの能力は実に恐ろしい。私には抗体があるので効かないが、場合によっては味方すら巻き沿いにしてしまいかねない。やはりあまり使うべきではないな」


 ファムは発疹からでる血液を手で拭き取った。先程よりも発疹の数が増えている。目や鼻からも出血が止まらない。

「はあ・・・・はあ・・・・息が苦しくなってきた。ライディーン、神獣を頼む。一か八か、私は賭けに出る」

「どういうことだ?」

「良いから・・・・、私が死ぬ前にミストだけでも抑えてて」

「分かった・・・・」 

 ライディーンは槍を構えて、ミストの元に駆けて行った。そして槍でミストを串刺しにしようとするが、ミストはそれを軽やかに避ける。音を頼りに動くミストにとって、ライディーンの攻撃を避けるのは簡単だった。これがもし、ウンディーネやサラマンダーであれば、もっと有利に闘えていただろう。両者とも、音を出さずに、遠くから攻撃する術を持っている。しかしライディーンには、鎌鼬以外に遠距離から攻撃できる手段はない。それがこの勝負を不利にさせていた。


「ゲプ・・・・」

 ミストは口を曲げて笑うと、ライディーンの槍を足で蹴り上げた。

「くそ、槍が」

 ライディーンが槍を取ろうとすると、今度は口から紫色のブレスを吐きつけた。

「ぐあ・・・・」

 ライディーンは鎌鼬でブレスによる煙を散らした。


「さて・・・・」

 ファムは地面の上を這いずりながら、何処かに向かっていた。それをギルガが追った。それもゆっくりと、獲物を追い詰めるように歩いてだ

「やめろ。寿命がさらに縮まるぞ」

「悪いけど、あんたの忠告は聞かない・・・・」

 ファムの姿をマロとアリッサも心配そうに見ていた。そして互いに顔を見合わせると、鼓舞するように唇を噛みしめて、再びファムの姿に視線を向けた。


 ファムはさっきのリスの死骸を掴んだ。

「はあ・・・・がは・・・・」

 何度血を吐いたか分からない。病気の進行に時間がかかるのが救いだった。ファムはリスを大事そうに懐に入れると、小声で優しくつぶやいた。

「リスさんごめん。あなたの力を借りる」

「何をするつもりだ?」

 ギルガはファムの目の前に立つと、膝を曲げて彼女を見下ろした。まるで大人が子供と接するように見える光景だった。だがファムは笑っていた。この状況に彼女は絶望などしていなかった。

「ここまで来てくれてありがとう」

 ファムは何を思ったのか、懐からリスを取り出すと、それを口に咥えて、思い切り噛みしめた。同時に口の中いっぱいに、血の味が広がっていく。この異常な行為に、ギルガはもちろん、アリッサや、マロを除いた、他の者達も驚いていた。しかしマロだけは冷静に彼女を見ていた。それは彼女の行動の意図を知っているからではない。ファムという人間が自棄を起こすとは思えなかったのである。


「貴様は、ふざけるな」

 ギルガがファムの顎を蹴り上げようと、足を突き出したその時、ファムは口から噛み砕いたリスの肉塊を、ギルガの兜に向かって吐きつけたのだ。

「な、何・・・・?」

 ギルガは突然の行動に後ろに後ずさった。兜の隙間から、温かい血が顔に当たった。そしてしばらく放心状態になると、突然兜を両手で押さえて、苦しみ始めた。

「あがああ、馬鹿な、私には抗体が・・・・」

「抗体はある。あんたにはね。だけどそれはミストの作ったウイルスによる抗体だけなのよ。このリスの体内には、ミストのウイルスがまだ残っていた。ウイルスと言うのはね、生き物なのよ、空気に触れたり、異なる生物の体内に入ることで、突然変異を起こす。だから以前は効いた薬が、突然効かなくなってしまうことがある」

「ぐああ、言いたいことだけ言え・・・・」

「つまり、ミストウイルスはリスの体内で、かつてのミストウイルスから、新しいウイルスへと進化したのよ。ありがたいことに、その新ミストウイルスは、私の感染しているものよりも、進行が速いみたいだな。お前はもう死にかけだ」


 ギルガは反省した。ファムという人間を侮っていたことに、深く後悔した。自分の手足は凄まじいスピードで溶け、数秒の内に、彼の肉体は地上から消滅した。そして彼の着ていた黒い甲冑だけが、風に晒され、悲しげに転がっていた。

「私は既にミストウイルスに感染していたから、リスからは新しいウイルスをもらうことはなかったみたいね」

 ファムの体からは発疹が消えていた。最初の第一戦は、ファムの勝利に終わったのだった。

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