金貨争奪戦
マロ達と、ボイドの3人は温泉の中で、金髪の男によって動きを止められていた。
「俺のスライムはどうだ?」
金髪の男は整った顔を歪ませて、勝ち誇ったように笑っていた。
「仕方ないな。アイルよ。もう容赦しなくて良い。なるべく殺生は避けるつもりであったが、もう気にするな」
「アイアイサー」
アイルと呼ばれたのは、短い金髪の、見た目はマロと同じか、それよりも少し年上ぐらいの、青い目をした人形のような美しい少女だった。
「行くわよ」
アイルはニコッと少女らしい、快活な笑みを浮かべると、指をパチンと一回鳴らした。
「ウォーム。そいつ食べちゃって」
アイルの言葉共に、突然、男の足元に黒い穴が出現した。そしてそこから、全身真っ赤な色をした、巨大な芋虫が飛び出し、男をその大きな口に閉じ込めると、今にも飛び出しそうな牙で、男を噛み砕いた。同時にマロ達を拘束していたスライムが消える。契約者が死んだため、神獣は自分の神殿へと帰ったのである。
「い、今の見た・・・・?」
アリッサは、自分とそう変わらないアイルという少女を恐れた。何と禍々しい神獣なのだろうとも思った。隣にいたファムは、顔を青くして、眼を見開いていた。
「アリッサ、あの神獣の能力が何か分かる?」
「分かるわけないでしょ?」
「もし、このまま、あの神獣を解明できなければ、次に殺されるのは私達だ」
ファムの顔が緊張に強張る。マロ達は温泉を出ると、近くの荒野に移った。そして全員分の金貨を適当な岩の上に置いた。
「さて、恥ずかしいところを見せたが、良い機会だ。ここで金貨を賭けて、三番勝負と行かないか?」
ギルガはいつもの黒い甲冑姿でそう言った。周りも静かに頷く。
「良いだろう。では先鋒をまずは決めようか」
マロ達と、ボイドはそれぞれ、離れて作戦会議を始めた。
「さあ、誰から行く?」
「わ、私は嫌かな・・・・」
アリッサが額から汗を垂らしながら言った。それをマロが心配そうに眉をひそめた。
「アリッサ大丈夫?」
「ええ、平気よ・・・・」
「大分、さっきのがトラウマになったらしいな。正直、他の二人の神獣は知らないが、あのアイルとかいう小娘のが、一番危険に見えるぞ」
先程の光景を思い出し沈黙する三人。マロが思わず手を挙げた。
「僕が最初でも良いよ。アイルが先鋒に来てくれるか確実じゃないけど、少なくとも、僕達に能力を見せている以上、始めに戦闘になる可能性は高いと思う」
「うん、しかしマロよ。先鋒は私だ」
ファムはマロのサラサラした黒髪を撫でながら、優しく微笑んだ。そして今度はアリッサを見て、彼女のおかっぱ頭を撫でた。
「私は何だかんだ言っても、お姉さんだからな。ここは年長者が行くべきだ」
アリッサは戦える状況ではないし、マロは恐らく現時点では一番強い、温存しておきたい。この二つの気持ちがファムを突き動かした。彼女は自分一人で、全員を倒そうという覚悟があった。
「決まったか・・・・」
黒い甲冑の男、ギルガが野太い声で言うと、ファムは胸を張って言い返した。
「私が最初だ」
「ほう、奇遇だな。私も最初だ」
ファムとギルガは互いに対面になると、互いに反対方向に走り、距離をとった。アイルが両手を口に当てて、大声で言った。
「良いわね。一人ずつ勝負して、全滅した方が負け、大人しく金貨を渡すのよ」
ファムとギルガは静かに頷いた。両者の間に木枯らしが吹き荒れる。まさにそれは命がけの決闘だった。一回戦がアイルでないのは残念だったが、一人で全員を相手にするつもりであるファムには関係なかった。
「来い」
「ライディーン」
ファムの隣に白銀の鎧に身を包んだ騎士が現れる。そして両手に槍を構え、戦闘体勢に入った。
「行くわよライディーン」
「ファム、お前、何か焦ってないか。普段の冷静さを失うのはまずいぞ」
「分かってるけど、私は一人でも多くの敵を倒して、次に繋げたいのよ」
ライディーンは両方の槍を前に突き出すと、槍の先から真空の刃を発生させた。
「鎌鼬」
真空の鋭利な刃が、まるで生きているかのようにギルガの元に向かって行く。
「甘いわ」
ギルガは右に跳んで避けた。しかしライディーンが槍を僅かに振ると、鎌鼬の軌道がずれ、背後からギルガにぶつかった。
「ぐあああ」
ギルガの体が宙を舞い、そして地面の上に叩きつけられた。マロとアリッサは思わずハイタッチをした。アイルと黒髪の女性は、無表情でギルガを見つめていた。
「あはは、やった。倒した・・・・」
ファムはライディーンの元に駆け寄った。しかしその顔は緊張に満ち溢れていた。ライディーンも同じだった。こんなあっけなく倒せるはずがない。二人の間にそんな雰囲気が漂っていた。
「フ・・・・」
しばらくしてギルガが立ち上がった。そして鎧や兜についた土を払った。
「強いな。鎧がボロボロだ。しかし中途半端に強いばかりに、私を本気にさせてしまったようだな」
ギルガは地面に膝を突いた。先程のダメージは予想以上のものだったのだろう。甲冑の重みに苦しんでいるように見えた。しかし彼も、その仲間も、誰一人としておびえた様子や焦りを見せてはいない。
「私はまだ神獣を見せていない。それはできれば見せたくなかった。何故なら、私にも上手く扱うことができないからだ。本当に恐ろしい神獣だ」
「御託は良いから」
「ふっ、後悔するぞ。あれを見ろ・・・・」
ギルガはファムの背後の先を指差した。そこには白い包帯に全身を巻かれている、いわゆるミイラが立っていた。そして包帯の隙間から肌が僅かに露出しているが、その肌は黒く爛れていた。まるで酷い火傷か、何かの呪いに見えなくもない。
「何だあれは?」
「私の神獣だ。奴をあそこに召喚したのには理由がある。仲間を巻き沿いにしないためだ。一応警告しておいてやる。私の仲間は知っているので言う必要はないが、お前の仲間、避難させた方が良いぞ。あの位置じゃ、ぎりぎり奴の射程範囲に含まれてしまう」
ギルガは笑っていた。しかしその表情の裏には怯えの色が見えた。ファムは不思議だった。何故自分の神獣をそんなにも恐れるのか、そして神獣の能力は一体どんなものなのか。それは彼と、その仲間にしか分からない。