パーフェクトワールド
タレス、サゴラス、そしてその傍らにいる少女の三人は、呆然とアンジェリカが、さっきまで立っていた床を見ていた。何と、そこには黒い影が、アンジェリカの影だけが残留しており、彼女の姿が何処にも見えないのだった。当然、三人の眼は、オリジンの方に向いている。
「おい、どういうことだ。マザーがいないぞ」
タレスの言葉に、オリジンはフッと鼻で笑った。
「魔法は成功した。パーフェクトワールドは発動したのだ。しかし、まだ世界を変革するには時間が必要だ。あまりに膨大な魔力を使用したために、魔法の効果が表れるのにも時間が掛かる」
「我々はどうすれば良い・・・・」
「アンジェリカが喜ぶことをすれば良い。簡単に言えば、アンジェリカの望みを絶たんと、こちらに向かっている、四人の人間を始末すれば良いのだ」
オリジンの言葉を聞いて、タレスは、自分の拳を強く握りしめて立ち上がった。
「そうか、ならば、私が奴らを始末してくれる」
「ちょっと待ってよ」
タレスの言葉に、彼の傍らにいた少女が、不愉快そうに口火を切った。
「何だ、シメネスよ」
「勝手に決めないでくれるかしら。私だって退屈なのよ」
先程までずっと黙っていたシメネスという少女は、酷く苛立った様子で、タレスに詰め寄った。彼女は、年齢は既に、10代後半から20代にまで差し掛かっていたが、身長は230CMほどしか無く、一見、幼い子供のようにも見える体型をしていた。金髪のツインテールに、口には大きな金色のピアスリングが、装着されていた。
「シメネス、タレス。今は喧嘩している場合じゃないでしょう。ここは、このサゴラスに任せて下さい。ここから離れるのは、恐らくマザーの本意ではない。私の神獣、マザーから頂いた、キラービーで、奴らを始末しましょう」
サゴラスの指先には、小さな蜂が止まっている。そして彼の指から離れると、外に出て行った。そして庭の手入れをしている、庭師の男の肩に留まった。
「サゴラスよ。何をする気だ?」
「ふふふ、まあ見てて下さいよ」
蜂は庭師の男の肩を、その小さな針で突き刺した。
「ぐむ・・・・」
瞬間、男は手に持っていた道具を落として、その場で倒れると、まるで硫酸でも浴びたように、内部から、肉体がドロドロと溶けていった。そして数秒後には、液状の、肉体かも分からないような、肌色の液体となって、草の上に吐瀉物のように、広がっていた。
「貴様」
タレスは無意識に、サゴラスの胸倉を掴むと、思い切り殴り飛ばした。同時に彼のひ弱な体は、簡単に吹き飛び、背中から壁にぶつかった。木でできていたため、彼が激突した瞬間、ボロボロと崩れて、穴が開いてしまった。
「痛、いきなり酷いですね・・・・」
サゴラスは血の混じった唾を床に吐き捨てた。タレスは尚も怒りが冷めぬ様子で、彼の胸倉を掴んで、無理矢理に立たせた。
「何故、無関係の人間を殺したのだ。貴様という男は・・・・」
「待って、試し切りみたいなものですよ。私のキラービーがきちんと言うことを聞くか、気になったもので、ついね・・・・」
サゴラスは悪びれる様子も無く、外の景色に見入っていた。同じようにタレスも、外を見ていると、そこには信じられない光景が映っていた。
「何だこれは・・・・?」
タレスの額に脂汗が浮いていた。何と、外には無数の蜂が、羽音を立てながら、空を何匹も同時に旋回していた。